聞くシリーズ専門資格者の取り組み

糖尿病専門クリニックで臨床検査技師と糖尿病療養指導士という2つの資格を活かして活躍される本橋しのぶ先生に、糖尿病療養指導における多職種の関わり、糖尿病療養指導士の役割ややりがい、院外でのご活動や今後の課題などについてお話を伺いました。

つくば糖尿病センター 川井クリニック
臨床検査技師、日本糖尿病療養指導士
本橋 しのぶ 先生

Q

「臨床検査技師」から「糖尿病療養指導士」を目指されたきっかけをお聞かせください。

A

「日本糖尿病療養指導士」は、糖尿病患者さんの自己管理を支援する医療スタッフで、一定の経験があり、試験に合格した看護師、管理栄養士、薬剤師、臨床検査技師、理学療法士に与えられる資格です1)。この糖尿病療養指導士を目指すことになったのは、川井クリニック(以下、当院)との出会いが大きいと思います。以前の職場で臨床検査技師として働いていた時は、検体検査をして結果をお返しするのが仕事で、患者さんと直接関わることはありませんでした。

しかし当院は、医師だけでなく医療スタッフも一丸となって療養指導に取り組む糖尿病専門のクリニックです。臨床検査技師も、患者さんとコミュニケーションをとる機会が豊富にありました。そのうち、患者さんから直接、質問や相談を受けることも増えてきたのですが、当時の私は、患者さんから伺った内容を医師や看護師、管理栄養士に伝達することしかできず、そのことがとてももどかしく思えました。せっかく私を信頼してご相談くださったのだから、他の専門職にただ伝えるだけでなく、同じ目線でサポートしたい。そういう思いが強くなり、糖尿病療養指導士を目指しました。また当院の場合、臨床検査技師はほぼすべての患者さんにお会いして検査を担当するため、看護師や管理栄養士より関わることができる患者さんの数が多い職種です。このため、臨床検査技師が療養指導もきちんとできるようになれば、より多くの方にきめ細かい支援ができるのではないかと考えたことも、この資格を目指した理由のひとつです。

Q

現在の具体的なお仕事の内容について教えてください。

A

現在は、医師、看護師、栄養士、臨床検査技師、さらには事務職員も含めた院内の連携、コーディネートに関わる仕事を主に担当しています。クリニック全体、すなわち部署間の情報伝達の要であり、当院では診療クラークとも呼ばれる業務です。初めは検査室での業務と半々で行っていたのですが、今ではこちらの仕事に携わる時間が増え、検査室の方は管理的な仕事のみになりました。各部署の役割や業務の流れを熟知しないと実施できない仕事ですが、これまでの当院における勤務経験を活かし、例えば一人ひとりの患者さんに対する担当決めにおいても、各スタッフの特徴を考慮した良いマッチングができるよう心がけています。

 
Q

貴院の糖尿病療養指導の特徴や、具体的な取り組みについて教えてください。

A

当院には、初めて糖尿病の診断を受けた方から、長い間他院で治療されていた方まで、さまざまな状況の患者さんが来院されます。そのすべての方に、原則全6回、6ヵ月間の糖尿病教育プログラムを受講していただくことになっています。このプログラムは、基礎的な療養の知識の確認や、コミュニケーションを通じたスタッフとの信頼関係の構築などにより、その後の治療に対する基盤を整えることを目標としています。プログラム終了後は、その方の血糖コントロールの良し悪しに関わらず、年に2回は必ずスタッフが療養生活についてヒアリングを行いフォローしていきます。そのうち1回は、各種検査値の年間グラフを作って患者さんにお渡ししながら、前年の振り返りを行い翌年の目標を立てています。こうした取り組みを糖尿病患者さん全員に実践している点が、当院の一番の特徴ではないかと思います。

また、院内で閲覧できる「Dia-Mate」という、当院オリジナルの情報提供システムを持っていることも特徴のひとつです。Dia-Mateでは、看護師、管理栄養士、検査技師などさまざまなスタッフが、糖尿病患者さんに必要と考える情報を視覚的にわかりやすく提供しており、患者さんの待ち時間を有効活用でき、一緒に来院されたご家族にも気軽に見ていただけるツールとして定着しています。

その他の具体的な取り組みとして、開設当初から継続している「桐の木会」という患者会があります。桐の木会は年間を通してイベントを行っていますが、診察室とはまた違うシーンで患者さんと接することで、普段の診療でなかなかお聞きすることが難しい患者さんの思いを共有することもできます。医療スタッフにとっても、患者さんをより身近に感じることができる、とても貴重な時間になっています。

さらに当院では、患者さんの治療中断を予防するため、しばらく来院されていない方にお電話をして現状を伺う「中断調査」という取り組みを継続的に行っています。糖尿病は治療を続けることがとても重要ですが、指導を行っても自己中断されてしまう場合があります。その理由は何なのか、どのようなタイプの方が中断しやすい傾向にあるのかなどをこの取り組みで調べ、得られた成果を学会発表等で発信しています。

Q

貴院では糖尿病療養指導においてどのように多職種連携されていますか?

A

例えば当院の採血室には、看護師、臨床検査技師、管理栄養士という異なる職種のスタッフが常駐しています。患者さんへの「採血」という医療行為ひとつにおいても、検査の管理を臨床検査技師が、採血前の問診を管理栄養士が、採血そのものを看護師が行うことで、その患者さんへの療養指導をチームで連携して実践しているのです。

こうした多職種での取り組みに欠かせないのが情報共有です。当院ではそのためのツールとして、通常の電子カルテとは別に、患者さんごとにまとめた医療者用の連携ファイルを作っています。1年分の情報がA4の紙1枚におさまるコンパクトな様式で、長年通院されている患者さんの数年前の情報も、少しめくるだけで誰もが把握できるよう工夫されています。患者さんの背景情報や各時点での検査値はもちろん、その時々の各場面でどのような指導をしたかというコメントも記載され、その方に対する情報がすべて集約されています。このツールを用いることで、次に携わるスタッフがその方と初対面であっても、これまでの経緯をきちんと踏まえた療養指導を行うことが可能となっています。

Q

現在のお仕事の「やりがい」はどのようなところにありますか?

A

通常であれば臨床検査技師が、前述のように院内各部をつなぐ「要」としてのコーディネート業務を担当する立場で仕事をすることは少ないのではないかと思います。私自身のいまの感覚としては、個別の「臨床検査技師」というよりは「医療者」として働いている、という意識が強いです。糖尿病療養指導士としての仕事を通して、職種の垣根を越え、気持ちの上では時に看護師、時に管理栄養士、また時には事務職員という、全く異なる職種の立場に立てている実感があり、それがとても大きなやりがいになっています。

もともと私が糖尿病療養指導士を目指した動機は、私を選んで相談してくださった患者さんに、自分もチームの一員として同じ目線でサポートできるようになりたい、ということでした。患者さんがいまの私と接してくださったときに「あの人に声を掛けて良かったな」と少しでも思ってもらえるようになれていたら、本当にうれしいことです。

 
Q

「糖尿病療養指導士」として院外で活動される場合もございますか?

A

他施設の研修会でお話をさせていただく機会などがあります。例えば糖尿病専門の施設では、糖尿病療養指導について学会で発表した内容などをお伝えすることが多いです。専門外施設では、当院における糖尿病療養指導の工夫、How toの部分をお話しすることもあります。もちろん私一人だけが講演を行うわけではなく、テーマによって看護師や管理栄養士が出向くこともあります。

Q

今後はどのようなことに取り組んでいきたいとお考えですか?

A

院内の体制づくりという点では、今後、こうした院外活動もできる後進をどんどん育てていきたいと考えています。現時点でも各部署に活躍しているスタッフがいますが、それ以外の職員にも療養指導経験の機会を増やし、私がこれまで体験させていただいたようなやりがいや、当院のスタッフであることに対する誇りを実感してもらえたらうれしいです。

患者さんへの対応という点では、もっと時代のニーズにマッチした情報提供方法を検討していきたいです。例えば、先述の「中断調査」は患者さんにお電話でご連絡をしてきましたが、特にご高齢の方には、日ごろやり取りしない番号からの電話には出ないことが推奨される昨今の社会状況もあり、工夫が必要かなと感じているところです。また、新型コロナウイルスの感染流行もありオンラインでのコミュニケーションが急速に普及している中、ともすれば無機質に傾きがちな部分を、医療者としていかに有機的なものとしてつないでいけるのか、うまく時代の流れと共存するための環境づくりを模索していきたいです。院内での待ち時間の過ごし方もいまはスマートフォンが主流です。この状況に合わせた待ち時間活用の新たな試みも、今後ご提供できたらと考えています。

Q

最後に、これから「日本糖尿病療養指導士」を目指す人、あるいは患者指導などで悩んでいる医療者に対してメッセージをお願いします。

A

一般的に職種に特有の資格は、専門的になればなるほどその分野のスキルが上がる一方で、業務として携わる範囲は集約され狭くなる傾向にあるようです。しかし糖尿病療養指導士は逆で、それまで自分が関わっていなかったところにどんどん視野や可能性が広がっていく資格です。自分が関わることで患者さんの血糖コントロールがどのように変遷していくのか、点ではなく線で見ていくことができます。さらに多職種間で互いに評価し合える議論の場も生まれるので、これまでご自身の患者指導に悩まれている方にとっても、何らかのヒントや新しい選択肢を得られやすい資格ではないかと思います。

私にとってこの資格を取得することは、ゴールではなく、あくまで出発点でした。そこから検査室の外に飛び出して患者さんと話をしたり、看護師と議論したりという、「まったく新しい可能性の扉」が開かれていきました。これからこの資格を目指される皆さんも、ぜひそんな扉を開く出発点に早く立っていただき、自らの新しい可能性とさらなる活躍の場を拓いていかれますよう、心から願っています。

 

1)日本糖尿病療養指導士認定機構ホームページ CDEJってなに?
 https://www.cdej.gr.jp/modules/general_top/index.php?content_id=1

※本記事に掲載している情報や所属、役職等は取材時点のものです。

取材日:2021年5月28日

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