作成日:2023年11月

 
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知るシリーズ外来心臓リハビリテーション

群馬県南部の高崎市にある櫻井医院では心臓リハビリテーション科を開設し、外来心臓リハビリテーションを提供しています。2010年に完成した心臓リハビリテーションセンターにはトレッドミル3台、リカベントタイプのエルゴメータ4台、スタンダードタイプのエルゴメータ8台を設置。循環器専門医であり心臓リハビリテーション指導士でもある院長の櫻井繁樹先生が中心となって月に延べ約250人の患者さんに運動や生活の指導を行っています。櫻井先生のほか、心臓リハビリテーションに関わる多職種の方にお話を伺いました。

櫻井先生のご略歴と櫻井医院の心臓リハビリテーションへの取り組みの経緯

1990年
群馬大学医学部卒、群馬大学医学部第二内科入局
1995年
群馬県立循環器病センター循環器内科
2001年
Harbor-UCLA Medical Center, Research and Education Institute へ研修留学
2003年
帰国、群馬県立心臓血管センター循環器内科
2007年
医療法人千心会 櫻井医院理事長
2008年
外来心臓リハビリテーションを開始
2009年
NPOジャパンハートクラブが運営するメディックスクラブの高崎支部として活動開始
2010年
心臓リハビリテーションセンター完成

退院後の患者さんの受け皿になるため、心臓リハビリテーション科を開設

櫻井先生(医療法人千心会 櫻井医院院長・理事長)

櫻井先生(医療法人千心会 櫻井医院院長・理事長)心臓リハビリテーション(以下、心リハ)は、心血管疾患患者さんが快適で活動的な生活を実現することを目標に、運動療法や患者教育、カウンセリングなどを行う包括的プログラムです。運動が可能な慢性心不全患者123人を対象とした調査では、専門家による監督下で運動療法を10年間行ったところ、機能的能力およびQOLの改善がみられ、さらには入院率や心疾患死亡率も減少したことが報告されています1)

私が初めて心リハに携わったのは90年代後半、群馬県立心臓血管センターに勤務していたときでした。その後、2001年から2年間留学した米国で運動療法だけでなく患者教育やカウンセリングにも力を入れた包括的なリハビリテーション(以下、リハビリ)を経験し、自分が当時行っていたリハビリとの違いに驚きと多くの学びがありました。帰国後は群馬県立心臓血管センターの回復期病棟で、米国で学んだ包括的プログラムを参考にしながら心リハのプログラムを検討し、導入しました。その後、外来で心リハを行う中で、退院後の患者さんを受け入れる地域の医療機関が少ないと気付いたことをきっかけに、自分が受け皿になろうと考え、父から引き継いだ当院で外来心臓リハビリテーションを始めました。

地域のかかりつけ医が心リハを提供することで、患者さんの通院の負担を減らせます。また、最近は狭心症や心不全など、外来診療で診断し治療が始まるケースも増えており、基幹病院に入院してもらうことなく、早期から心リハを提供することができます。

地域の医療機関で心リハを実施し、心血管疾患の再発予防を目指す

櫻井先生当院は、心大血管疾患リハビリテーション料(Ⅰ)の施設基準を満たしており、運動療法のための十分な設備とスタッフを有し、外来通院での心リハに取り組んでいます。基幹病院からの紹介患者さんが多く、高崎市だけでなく、前橋市や藤岡市などの幅広いエリアから患者さんが紹介されてきます。紹介直後は基幹病院での治療と並行して、当院で心リハを行います。ある程度症状が落ち着いてからは、当院で治療も行い、半年に1回ほど基幹病院を受診していただくようにしています。

心リハは、心血管疾患の再発予防や、入院時の安静臥床による体力・筋力の低下からの回復を目指して行っています。最近は早期離床などが進み、入院後に体力・筋力が大きく低下することが少ないため、心血管疾患の再発予防を主な目標としています。

心肺運動負荷試験

患者さんに心リハを導入する際は、心リハの内容や流れなどについて説明します。患者さんの理解を深めるために、心リハのプログラムやセルフケアに関する情報などが記載された「予防と回復のための総合プラン」(図1)やDVDなどを利用して指導を行っています。また、運動内容・時間、血圧、脈拍などの記録用紙(図2)を渡して、体重変化、家庭血圧、在宅での運動状況の把握に役立てています。リハビリのたびに持参していただき、セルフケアの指導にも活用します。そして、心肺運動負荷試験(CPX)によって運動耐容能を評価し、患者さんに合った運動処方を決定します。運動療法は、診察や血圧測定などを行った後、理学療法士の監視下でエルゴメータとトレッドミルを用いて有酸素運動を行い、血圧測定を挟んで、レジスタンストレーニングを実施、最後に整理体操をするという流れで行います。当院での運動療法が問題なく行えるようになれば、家庭でも運動するよう指導します。

図1 予防と回復のための総合プラン

図1 予防と回復のための総合プラン

櫻井医院ご提供

図2 記録用紙

図2 記録用紙

櫻井医院ご提供

多職種が連携し、スタッフ全員で患者さんを支援

櫻井先生心リハは、多職種でサポートし合いながら、スタッフ全員で取り組んでいます。スタッフ同士の情報共有は、毎朝開催している多職種カンファレンスと電子カルテや心リハ管理データベースで行っています。

櫻井さん(理学療法士)

櫻井さん(理学療法士)櫻井先生に作成いただく運動処方箋に、患者さんに合った脈拍数やエルゴメータの負荷、トレッドミルの速度や傾斜などが記載されていますので、理学療法士は、それを目安に運動療法を行います。開始直後は、患者さんの足の筋力が低下しているなどさまざまな理由で、運動処方どおりの実施が難しい場合があります。その場合は、患者さんの様子を見ながら調節し、徐々に処方された内容まで近づけていきます。体重の急激な増加がないか、むくみがあらわれていないかなどの心不全の兆候が出ていないか常に観察し、1回1回のセッションを積み重ねていきます。CPXによる運動処方箋があることで安全で効果的な運動療法を行うことができています。

元気そうな方でも、CPXによって心臓の機能が低下しているとわかる場合もあります。ご本人に合った強さの運動を日常生活に取り入れられるようになることが重要であり、その支援をすることが私の役割だと思っています。そのときには、一方的に指導するのではなく、患者さんの声に耳を傾け、お気持ちや体調などを把握しながら指導するよう心がけています。

横澤さん(看護師・管理栄養士)

横澤さん(看護師・管理栄養士)私は看護師、栄養士として、看護面談と栄養指導を月に1回実施しています。セルフケアが重要ですので、血圧の測定方法や検脈の仕方を伝え、服薬や禁煙の指導なども行います。目標を細かく設定し、無理なくできることから取り組んでいただくことで、患者さんが達成感を得られるようにしています。例えば家庭での血圧測定について、「血圧なんて測る意味がない」とおっしゃる患者さんもいます。その場合、いきなり朝と晩の血圧測定を指導するのではなく、「血圧計はお持ちですか?」という話題から始め、血圧測定の重要性を伝えつつ、まずは朝の測定のみを促します。朝の測定を続けていただけるようになったら、夜の測定も指導します。このように小さな目標の達成を積み重ねることで、セルフケアを身に付けていただいています。

栄養指導では、「身体状況・行動・食生活の記録票(図3)」に記録いただいた食事内容をもとに、聞き取りを行って食事の傾向を把握しています。身長・体重や体組成の測定結果なども踏まえて、適切な栄養の摂取量やバランスなどを考えます。生活背景や食事に対する思いは一人ひとり違うため、まずはそれをしっかり把握して、患者さんに合った指導を行うようにしています。私自身は院内にはおらず、看護面談や栄養指導はすべてオンラインで行っています。患者さんとオンラインでつながれることを活かし、ご自宅や職場から実際の食事を見せていただくこともあります。

竹田さん(看護師)

竹田さん(看護師)私は院内におりますので、直接患者さんと接しながら、運動中の観察や生活指導などを行っています。患者さんとの信頼関係が築けないと、指導内容を受け入れてもらうのが難しくなるので、患者さんに寄り添うような姿勢で接するように心がけています。横澤さんからの指導内容の理解度や実践状況についても確認し、状況によっては横澤さんと共有して、別の方向から再指導していただくこともあります。

図3 身体状況・行動・食生活の記録票

図3 身体状況・行動・食生活の記録票

櫻井医院ご提供

心リハによって自己管理への意識が高まり、心理状態も改善

櫻井先生心リハを継続することで、検査データが正常化したり、息切れがなくなったりする方もいます。また、心リハ導入前は全く運動していなかった患者さんが、リハビリによる体の変化を実感し、自主的に運動を行うようになることもあります。定期的に行っているHADS(Hospital Anxiety and Depression Scale)やDS-14(Type D Scale-14)などの心理検査の結果が改善される患者さんもいます。

横澤さん最初は心リハに積極的ではない方も少なくありませんが、継続するうちに「今後通える回数が減るが、家でどのように運動していけばいいか」など、患者さんからの具体的な質問が増えてくることがよくあります。リハビリを継続していく中で、患者さんの自己管理への意識が高まっていくという効果も期待できると考えています。

竹田さん患者さんからは「自分一人では運動を続けることができなかった。同じ境遇の人の存在が励みになって、続けられることができた」という声をよくお聞きします。

心リハの枠を超えた取り組みで、より多くの患者さんにリハビリを提供

櫻井先生心リハの認知度はまだ低いと感じています。患者さんだけでなく医療関係者にも、包括的な心リハの意義を知っていただき、当院への紹介が増えていくことを期待しています。心リハを実施する施設もまだ少ないので、当院のような施設が増え、患者さんが住み慣れた環境で心リハを行えるようになるとよいと思います。外来の心リハが保険適用となるのは、回復期として開始後150日が限度です。それ以降も心リハを希望される患者さんや指導が必要な患者さんも多くいらっしゃいますので、今後はそうした方にも心リハを提供していきたいと考えています。

現在当院は、NPO法人ジャパンハートクラブが運営するメディックスクラブの高崎支部の会場になっており、希望者に運動療法を行っています。そこに保険適用期間が終了した維持期の患者さんも参加いただいていますが、人数に制限がありますので、維持期のリハビリをどう提供していくかというのは今後の課題のひとつだと思っています。

一次予防としての心疾患発症予防にも注力していきたいです。現在、心臓リハビリテーション科では、生活習慣病クラスも設け、高血圧や脂質異常症、糖尿病などの患者さんを対象に、運動療法や生活指導・栄養指導などを行っていますので、引き続き取り組んでいきたいと考えています。これからも地域のリハビリテーション室として、多くの患者さんにリハビリを提供し、心リハの普及に努めていきます。

1)Belardinelli R et al, J Am Coll Cardiol. 2012;60(16): 1521-1528.

医療法人千心会 櫻井医院 院長・理事長 櫻井 繁樹 先生

医療法人千心会 櫻井医院
院長・理事長
櫻井 繁樹 先生

医療法人千心会 櫻井医院 理学療法士 櫻井 和代 さん

医療法人千心会 櫻井医院
理学療法士
櫻井 和代 さん

医療法人千心会 櫻井医院 看護師 竹田 由美子 さん

医療法人千心会 櫻井医院
看護師
竹田 由美子 さん

医療法人千心会 櫻井医院 看護師 横山 恵李加 さん

医療法人千心会 櫻井医院
看護師
横山 恵李加 さん

医療法人千心会 櫻井医院 看護師・管理栄養士 横澤 尊代 さん

医療法人千心会 櫻井医院
看護師・管理栄養士
横澤 尊代 さん

日本心臓リハビリテーション学会 理事長
川口きゅうぽらリハビリテーション病院/埼玉医科大学国際医療センター
牧田 茂 先生からのコメント

2021年3月に日本循環器学会と合同で「2021年改訂版心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン」が公表されました。

公表時期とほぼ同じくして、循環器病対策基本法が成立し、これでわが国の心臓リハビリテーションの意義と役割がしっかりと明記されました。

心臓リハビリテーションの有効性ならびに安全性の豊富なエビデンスおよびガイドラインにおける強力な推奨にもかかわらず、わが国における心臓リハビリテーションの普及は欧米に比べて大幅に遅れています。特に急性期病院退院後の心臓リハビリテーションの普及が遅れており、心血管疾患患者の在院日数が急速に短縮する中で、早期退院後の受け皿の整備が喫緊の課題です。さらに心臓リハビリテーションの社会的認知度は、脳血管疾患や運動器リハビリテーションに比べて格段に低いことが示されています。

櫻井先生のような、地域レベルでの外来心臓リハビリテーションの取り組みがさらに広がり、予防介入としての心臓リハビリテーションが広範に普及し、心血管疾患患者のQOLと再入院予防ならびに長期予後を改善し、国民の健康福祉に寄与することを期待します。

※本記事に掲載している情報や所属、役職等は取材時点のものです。

取材日:2023年6月5日

【本記事に関する内容は、取材に基づいたものであり、特定の事柄をアドバイスしたり推奨する事を目的としておりません。
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