作成日:2025年2月

名寄市では2021年から医療と介護をICTで繋ぐ連携システムを運用しており、特に高齢心不全の重症化予防で効果をあげています。このネットワークがどのような経緯で構築され、有効に活用されるに至ったのかについて、名寄市立総合病院の副院長・患者総合支援センター長であり、循環器内科医として診療にあたっておられる酒井博司先生にお話をうかがいました。
名寄市立総合病院副院長
患者総合支援センター長
酒井博司先生
道北圏北部地域の救急医療を支えた初代ポラリスネットワーク
名寄市は人口約25,000人の小さな自治体ですが、名寄市立総合病院には自治体の枠を超えた広域医療に対応してきた歴史があります。
ご存じの通り、日本には一次、二次、三次と3種類の医療圏が設定されており、三次医療圏は原則として県がひとつの単位となっています。北海道は例外的に6つの三次医療圏があり、名寄市は「道北三次医療圏」(以下、道北圏)に属しています。
道北圏の中核都市である旭川市には大規模な医療施設が数多くありますが、最北端の稚内市から旭川市までは距離があるため、1984年に名寄市立総合病院が道北三次医療圏の地方センター病院に指定されました。当院が担う医療圏(図1)は、面積8,248㎢、稚内市までの直線距離171km、圏域人口約14万人という広大なエリアであり、その医療を支えてきました。

図1 酒井先生ご提供資料
道北圏北部地域には、当院を含む3つの総合病院と15の有床医療機関があります。しかし、全国平均と比べ、医師の総数が少ないことに加え、脳神経外科、心臓血管外科、循環器内科などで専門医が不足している状況が続いています。特に2011年から約10 年間、心筋梗塞や重症心不全などの症例は、当院まで救急搬送されるケースが多くありました。最も遠い稚内市からの搬送では冬季で約3時間を要するうえ、現地の非専門医が搬送の可否を判断するまでに平均100分程度かかるという課題も抱えていました。
この課題を解決するための取り組みが遠隔診断サポートシステム「ポラリスネットワーク」の構築で、2013年から稼働しました。このシステムは、当院と現地医療機関とをICTで繋いで、当院の専門医が血液検査結果、心電図やCT画像などの医療情報を遠隔で確認し、テレビ会議システムで患者の様子を観察したり、現地の医師と話しあって搬送の必要性を判断します。システムの導入によって、平日の日中であれば受診から平均23分で搬送の要否を判断できるようになりました。また、「搬送の必要なし」と判断された症例は2割ほどありました。長距離の救急搬送は、患者はもちろん同行する医師や看護師にとっても大きな負担であり、過去には冬季に強風で救急車が横転する事故もあったので、不要な搬送を減らすことはとても重要です。
当時は参考にできる先行事例も少なく、手探りのシステム構築でしたが、現在までに道北圏北部地域の主な公的医療機関で活用されています。
地域医療連携室長としても循環器内科医としても地域包括ケアシステム構築が必要だと感じた
このポラリスネットワークを、地域包括ケアを支える情報共有基盤システムへと発展させる取り組みが始まったのは2017年のことです。患者総合支援センターの前身である地域医療連携室の室長だった私は、市役所で地域包括ケアシステムの構築を担当していた橋本いづみさん(当時、名寄市健康福祉部こども・高齢者支援室地域包括ケアシステム構築担当参事)から、協力を求められたのです。橋本さんはすでに何年も、このプロジェクトに取り組んでおられたのですが、なかなか具体化が進まないと悩んでおられました。お話を聞くと、医療側が本気で歩み寄る必要があるとわかり、室長の自分が動くべきだと考えました。当時、私自身も循環器内科専門医として、地域包括ケアシステムの構築が急務であると強く感じていたことも、私の背中を押しました。
日本の循環器領域において、大きな問題となっているのが、高齢者心不全の急増とそれによる循環器診療の逼迫、『心不全パンデミック』の問題です。当時、当院もその影響を大きくうけていました。(図2)
心不全は回復した後も何度か増悪を繰り返すことで徐々に状態が悪くなり死に至る疾患です。悪化を防ぐためには、退院後の生活において塩分や水分の制限、服薬、体重管理などが必要なのですが、高齢患者さんの場合、特に独居や認知症がある方は自己管理が難しいケースがほとんどです。(図3)
日本心不全学会が2016年に出した「高齢心不全患者の治療におけるステートメント」では、『再入院予防のためには、「基幹病院専門医」と「かかりつけ医」との医療連携、および「介護・福祉」との連携も含めた多職種による疾病管理システムの構築が必要』と記されています。この文言はそのまま『再入院予防のためには、地域包括ケアが必要』と読み替えることができます。
高齢心不全の疾病管理には、医療の枠を超えた医療・介護連携システムの構築が必要であるというステートメントの内容に途方に暮れる思いを抱えていたところに、市役所の橋本さんから地域包括ケア構築についての相談を受けたわけです。タイミングがピタッと合う運命的な出会いでした。

図2 酒井先生ご提供資料

図3 酒井先生ご提供資料
多職種が集まって重ねた自由闊達な議論と2代目ポラリスネットワークの誕生
長年、地道に取り組みを進めていた橋本さんは、福祉関係者、行政関係者に密な人脈を築いていて、現場のニーズをきめ細かく聞き取る作業も進めていました。そこで、名寄市立大学の教授、市の相談員、ケアマネージャー、当院の理学療法士や患者総合支援センターの職員などが参加する地域包括ケアシステム構築ワーキンググループを立ち上げ、月1回のペースでICT活用についてだけでなく、幅広く医療と介護の連携について自由闊達な議論を行っていきました。
行政、医療、介護が垣根を越えて、顔の見える関係を築けたことが大きな力となりました。また、市長もICT活用の重要性に賛同され、手厚いサポートを提供してくださいました。
医療と介護の情報共有にICTを活用するにあたり、初代ポラリスネットワークの経験から基幹病院が取り組みの柱になる必要があることがわかっていました。そこで、名寄市立総合病院がその役割を果たして、2021年に名寄市医療介護連携ICT(ポラリスネットワーク2.0)の稼働をスタートしました。
連携に用いるシステムは使いやすさやコストなどを考慮して、医療施設間の情報共有にはID-Link、医療と介護の情報共有にはTeamを採用しました。(図4)
ID-Linkで共有された医療情報の一部はTeamにも反映され、介護スタッフの皆さんも参照することができます。
TeamはSNS型のツールで、患者さん(利用者さん)に関する様々な情報(文書、写真、動画など)を共有することができます。(図5)
また、それぞれの情報を誰が閲覧したかもわかる仕組みになっており、介護の現場からあがった情報が医療側に伝わったことを確認できます。

図4 酒井先生ご提供資料

図5 酒井先生ご提供資料
現在(2024年)、ポラリスネットワーク2.0には名寄市内の17の医療機関と43の介護事業所が参加しており、介護認定を受けている高齢者1,819名のうち1,460名(累計で1,792名)が登録されています。
システム導入だけでは動かない実効性のある連携を構築するために必要なこと
システムを導入しても、それだけで医療介護連携がスムーズに進むわけではありません。多くの自治体で、ICTの仕組みはできあがったがうまく活用されないという問題をよく耳にします。医療の中でも、多職種の円滑な連携を実現するのはたやすくはありません。ましてや、医療と介護がその垣根を越えて連携を行おうというのですから、簡単に進むはずがありません。
連携を阻害する要因には、時間の壁、言葉の壁、意識の壁の3つがあると考えています。時間の壁の解消はICTの得意とするところです。スケジュール調整が容易になり、事前に情報を共有した上でカンファレンスを行うことで、大きく効率をあげることができました。
言葉の壁とは互いの専門用語を理解していなかったり、知識量に差があることで生じる壁ですが、Teamで文字情報を共有することで、意味が分からない言葉は調べることができます。会話でのコミュニケーションでついていけなくなるという問題はかなり改善されましたが、それでも十分ではありませんでした。
一番大きな問題は意識の壁です。介護の皆さんから見て、医療関係者は近づき難い存在であるとよく聞きます。ワーキンググループでも「相談したいことがあっても、医療機関に連絡をとることはハードルが高い」という意見をいただきました。この壁は、ICTを使っても簡単には越えられません。この状況を変えるために必要なのは、継続的学習、「場」の設定、危機意識の3つだと考え、幸か不幸か危機意識は共有されていましたので、継続的学習、「場」の設定に、医療側から率先して取り組むことにしました。
高齢心不全をテーマに勉強会を開催
「医療介護連携による心不全増悪防止」の具体的な取り組みも始動
2022年、循環器内科の豊嶋更紗先生に中心となってもらい、市民向けの「実践心不全勉強会」をスタートしました。市民向けと謳っていますがメインの対象者は介護スタッフの皆さんです。「心不全ってどんな病気?」「心不全の症状」「おいしく続ける減塩のコツ」など具体的なテーマ設定で、30分から45分程度のコンパクトな勉強会としました。講師はテーマごとに当院の医師、看護師、管理栄養士、理学療法士が担当し、調剤薬局の薬剤師や歯科クリニックの歯科医師にもご協力いただきました。Zoomを用いたハイブリッド開催でしたので、今もYouTubeにアーカイブを残しています。ご興味のある方はぜひご覧ください。YouTube「ポラリスネットワークチャンネル」(https://www.youtube.com/@ポラリスネットワーク/videos)
勉強会には多くの関係者が参加してくれて、心不全は恐ろしい病気ではあるが、日々の塩分・水分の制限、服薬や体重の管理をきちんと行うことで増悪を予防することができると知っていただけました。正しい知識を持ち、医療と連携すれば、日々の介護サービスのなかで、心不全重症化予防に貢献できるという理解が広がったのです。

具体的な取り組みも始めました。心不全患者さんの体重の変化を介護スタッフがチェックしてポラリスネットワーク2.0で共有し、理想体重との差が基準を超えたら医療側に情報を提供し、患者さんにも外来受診を奨めるという仕組みをつくったのです。体重増加は、食生活の乱れによる塩分過多を反映し、心不全増悪を示す指標として優れています。また、様々な職種のスタッフが簡単に測定でき、測る時間など条件を揃えれば比較しやすいという利点もあります。
この取り組みに参加していた患者さんと、参加していなかった患者さんの1年間の再入院率を比較したところ前者が20%、後者が70%で、明らかな重症化予防効果があることが確認できました。具体的な成果があがっていることで、連携に関わる医療および介護スタッフのモチベーションも高まっています。体重をチェックするだけでなく、他のデータや患者さんの生活状況で気になる点があると積極的にICTを活用して、医療側に知らせてもらえるようになりました。
この取り組みを通じて、高齢心不全は地域包括ケアの実力が発揮される病態であると改めて実感しています。
医療、介護、行政の各セクションに情熱を持つキーマンがいた
先に述べた地域包括ケアシステム構築ワーキンググループ(図6)のほかに、2021年から当院体育館で「地域連携会議」を開催して、市内の関係者が集まり、講演やパネルディスカッションを行っています。2023年12月に行われた第5回会議(図7)では、「退院後ってどうなの? 今さら聞けない在宅のリアル」というテーマで、訪問看護師さんと訪問リハビリの方に登壇してもらいました。我々が知らない介護の現場の話をたくさん聞けて、たいへん勉強になりました。
このように、行政、医療、介護の関係者が集まり、顔の見える場を設けて、フラットに意見を交わせる会議を、コロナ禍ではありましたが、感染対策を徹底し、単発ではなく継続的に行ったことが重要だったと思います。場を設けたことで、各セクションにおいて情熱を持って連携づくりに取り組んでいた人達が、磁石に引き寄せられるかのようにその場に集い、共鳴し、中心核が生まれました。これが、名寄市の地域包括ケアシステムがうまく立ち上がっていった大きな要因だと思います。
今後、日本のどの地域でも、地域包括ケアシステムは必要不可欠なものとなるでしょう。情熱をもってその構築に取り組む人たちの努力が報われてほしいですし、名寄市もまだ、道半ばですので、ぜひ、他の地域での取り組みを教えていただきたいと思います。そして、お互いに切磋琢磨し、地域包括ケアシステムの青写真へと進化させていきたいと願っています。

図6 地域包括ケア構築ワーキンググループ 酒井先生ご提供資料

図7地域連携会議 酒井先生ご提供資料
※本記事に掲載している情報や所属、役職等は取材時点のものです。
取材日:2024年9月4日
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