作成日:2025年2月

名寄市では2021年から医療と介護をICTで繋ぐ連携システムを運用しており、特に高齢心不全の重症化予防で効果をあげています。名寄市立総合病院副院長の酒井博司先生、循環器内科医長の豊嶋更紗先生、外来看護係長の宮腰七蘭さんに、ネットワークを活用した心不全重症化予防の取り組みがどのような仕組みで行われているのか、現場の空気やエピソードを交えながらお話しいただきました。
自宅で療養する心不全患者さんの体重変化をICTネットワークを活用してチェック

酒井博司先生(名寄市立総合病院副院長)名寄市では、2013年に稼働開始した遠隔診断サポートシステム(ポラリスネットワーク1.0)を発展させて、2021年、地域包括ケアシステムを支える医療介護連携ICT(ポラリスネットワーク2.0)をスタートさせました。医療機関(病院・診療所・歯科医院・薬局)で診療情報を共有するID-Linkと、医療と介護を繋ぐTeamというふたつの既製システムを組みあわせたものです。ID-Link上の医療情報の一部はTeamに反映されて介護スタッフの皆さんも参照することができ、TeamはSNS型のツールで患者さん(利用者さん)に関する様々な情報、文書、写真、動画などを共有することができます。
システムを導入すれば、自然に連携が進むわけではないので、具体的な取り組みで実績を出すことをめざし、まず、循環器内科医である私にとって大きな課題であった高齢心不全の疾病管理に取り組むことにしました。
退院後、ご自宅で暮らす心不全患者さんについて、塩分の制限や服薬管理の状況、血圧、心拍数、SPO2、足のむくみ、息切れなど、知りたい情報はたくさんありますが、私たちが注目したのは体重です。体重増加は身体に余分な水分が貯留している状態であり、心不全悪化の重要なサインとなります。
まず、患者さんごとに理想体重を設定し、その体重を基準に、何キロ増加した場合に早めの外来受診が必要かを示す受診体重を決定します。設定された理想体重と受診体重については、外来看護師が患者さんや、場合によっては同行されているご家族に説明し、さらに介護側にもTeamで同じ情報を共有します。情報を受け取った介護側は、その患者さんが体重測定を必要としていることを把握し、通所サービスや訪問サービスの際に測定したバイタルデータや体重をTeamに投稿してくれます。また、体重以外にも、自宅での生活状況、食事内容、内服状況などの情報が投稿されることもあります。

酒井先生ご提供資料
投稿された情報は外来看護師が毎日確認し、体重の変化やその他の必要な情報を整理して主治医に報告します。その後、医師の判断に基づき、受診予約日を早めたり、外来で薬物療法の調整、栄養指導等を行うことで、心不全の重症化を防ぐという仕組みです。
医療・介護連携のスタートは心不全について学ぶ勉強会の開催から
豊嶋更紗先生(循環器内科医長)最初に話を聞いたときは、「いったい誰が体重を測ってシステムに登録するの?」と驚きましたが、日々、患者さんをサポートしている介護スタッフの皆さんの手を借りるのは良いアイデアだと思いました。体重ならば色々な人が測定してもデータのブレが少ないのも利点です。ただ、介護スタッフの皆さんの仕事を増やすわけですから、協力をお願いするためには取り組みの意図を理解してもらう必要があります。そこで、始めたのが市民向け勉強会です。
酒井先生から、フラットな雰囲気でわかりやすい勉強会をというリクエストをいただいたので、月に1回のペースで、講義は15分程度、質疑応答も含めて30分くらいの勉強会を企画しました。2022年のスタートでCOVID-19感染対策もあったので、リアルとZOOMのハイブリッド開催で実施し、YouTubeに動画として残しています。
1回目は、「心不全ってどんな病気?」というタイトルで私が講師を務め、第2回は心不全の症状について看護師から、第3回は塩分制限について管理栄養士から、その後も院外調剤薬局の薬剤師、当院の理学療法士、市内の歯科クリニックの先生と、いろいろな立場からのレクチャーを行いました。介護の現場について知りたいという私たちからのリクエストで、ケアマネさんに講師をしていただいた回もありました。

実は、介護との連携を進める上で介護の仕事を知ることは重要だと思い、私自身もケアマネージャーの資格を取得しました。この経験を通じて、介護スタッフの皆さんが直面する課題や日々の業務の大変さを理解することができ、より深い連携が可能になったと感じています。
介護スタッフの皆さんは、当然のことですが、心不全の症状やリスク要因について深い知識はお持ちではないので、病気のことは病院に任せてあまり口を出さないという対応になりがちです。でも、体重に注目するだけで心不全の悪化を早めに察知して入院が必要なほど悪くなる前に手を打つことができると、勉強会を通して理解して下さったあとはほんとうに心強いパートナーになってくださいました。
勉強会では、現場で活躍しておられる介護スタッフのみなさんと繋がりができたことも、よかったと思います。以前は外来受診の付き添いで来られるのでなんとなく顔は知っているという状態でしたが、名前、職種、所属までわかって、患者さんを(介護の立場から言うと利用者さんですが)一緒に支えているという連帯感が生まれました。
ICT連携に登録した患者さんでは、再入院率が大きく低下
酒井先生取り組みの有効性を検証するため、当科に入院したことがあり独居もしくは夫婦ふたり暮らしの高齢心不全患者さんの中から、連携を行った方20名、連携を行っていなかった方20名、計40名を選んで調べてみました。すると、1年間の再入院率が連携施行群で20%、未施行群で70%と、明らかな重症化予防効果があることがわかりました。連携施行群は未施行群と比べて心房細動の合併率が高く、MMSEで認知症も進行している人が多かったのにこの結果ですから、素晴らしい効果と言えます。
豊嶋先生心不全は就寝から3~4時間後に急に悪くなることが多いため、深夜に救急搬送され、循環器内科医は叩き起こされるわけですが、高齢心不全の患者さんの緊急入院が減ったおかげで深夜に起こされる回数も減ったという実感があります。今、夜中に搬送されてくるのは、介護認定されるほど高齢ではない心不全患者さんたちです。自己管理ができるはずの若い患者さんたちや、バイタルデータや服薬記録を管理できる健康アプリを使いこなすリテラシーを持っているのに実行しない人たちの疾病管理をどうするかが次の課題と言っても良いほど、高齢心不全患者さんについて心配する必要がなくなりました。
取り組みを始めた当初は、医師もTeamを頻繁に見ていましたし、問合せも多くて少々大変でしたが、今では当科の外来看護師がゲートキーパーの役割を果たして情報を整理して知らせてくれるので、医師の仕事量はさほど増えていないと思います。その分、看護師の皆さんは大変ではないかと、少し心配ですが。
連携によって変化した外来看護師の仕事と意識
宮腰七蘭さん(外来看護係長)Teamで連携している患者さんの情報は、循環器外来の看護師が毎朝確認する体制を整えています。導入当初は、「忙しいのにまた業務が増える」といった感覚がありましたが、看護師みんなで従来の業務を見直し、Teamで地域連携する時間を確保しました。今となっては、昼や勤務終了時にTeamをチェックすることもあります。スタッフの中では「Team中毒」と冗談を言いながら、地域との連携に熱心に取り組むスタッフもいますよ。
Teamで介護側から得た情報で医師に報告が必要なものに関しては、看護師が情報を整理して主治医へ伝達します。受診調整が必要なケースは、受診可能な日を患者さんと調整したり、介護資源を利用して受診している患者さんの場合は包括やケアマネージャーと連携したりと業務量は増えたと思います。業務改善をして捻出できた時間よりも、このような取り組みにかかる時間の方が遥かに多いのは事実ですね。

ただ、それを不満に感じているかというと、そんなことはないですね。これまでの外来看護師は、予約リストに従って医師のデスクにカルテを並べ、流れ作業のように患者さんと接し、業務的な側面が大きかったと思います。「これって、看護師じゃなくても良いんじゃないかな?」と、看護の楽しさややりがいを見失っていた時期も正直ありました。
それが、今ではTeamを活用して地域と繋がることで、介護スタッフが投稿してくださる情報から患者さんの生活状況や体調の変化を把握できるようになりました。その情報をもとに心不全の増悪を早期に察知し、受診を早めてもらうことで、薬の調整だけで入院を回避できた患者さんも少なくありません。「私たちの看護が患者さんの役に立っている!」という実感が湧き、Teamを活用した地域連携は“業務”ではなく“看護”そのものになりました。
患者さんを支える様々な職種の皆さんの顔が見え、みんなで一緒に患者さんを支えている実感があります。Team連携が始まってから外来看護の仕事が楽しくてしょうがないのです。
豊嶋先生宮腰さんは、「楽しい」と言葉にしながら、本当に楽しそうに仕事をしていて、それが、他のメンバーにも伝播しているような気がします。看護師チームが、高いモチベーションをもって取り組んでいることが、連携が成功している大きな要因だと思います。
酒井先生看護や介護を職業として選ぶ人たちは、根本のところで、人の役に立ちたい、人と人を繋ぎたいという気持ちを持っておられる方がたくさんいます。けれど、これまでは、患者さんの体調の変化や不安に気づいても情報を伝え、共有する効率性の高い方法がなかった。忙しい現場での孤軍奮闘は、やる気のある人材を疲弊させていきます。情報を伝えるルートが開通し、医療と介護が協働することで患者さんが守られ、携わる人たちのモチベーションが上がる。とてもよい循環が回り始めていると感じています。
連携システムへの信頼関係が生まれ、介護現場から様々な情報が
宮腰さん私たち外来看護師は、病院と地域を繋ぐ重要な役割を担っています。地域との連携を通じて、患者さんにとって適切なタイミングで介入し、医師と協力して重症化を予防できることに大きなやりがいを感じています。先ほど、看護師がゲートキーパーだという話がありましたが、看護師が得た情報を医師がしっかりと受け止めてくれるという安心感があることも非常に重要だと思います。もし医師が「そんな情報は必要ない」とか、「忙しいから聞けない」といった態度を取っていたら、看護師も萎縮して情報を伝えることができなかったでしょう。
また、介護側の方々も、どんな情報も大切に扱ってもらえるといった信頼感があるので、病状以外にも、家族背景や本人の思い、生活ぶりなどのきめ細かい情報を通知してくれていると思います。こうした小さな情報が患者さんの病状や生活を改善するきっかけになると、関係者全員が実感しているのだと思います。

豊嶋先生介護スタッフに体重の確認だけをお願いしたはずなのに血圧の変化を知らせてくれたり、患者さんの状況をみて「3ヵ月後では遅いから受診予約の変更をお願いします!」という連絡が来たり、医療と介護の垣根が低くなり、遠慮なく言ってもらえる関係になりつつあると思います。
介護スタッフの皆さんは、「家で過ごしたい」という患者さんの願いをとても具体的に把握しておられます。その願いを叶えるために何ができるか?という視点で動いておられるので、本当に頼りになります。
本来は医師が、患者さんの「思い」や「願い」をしっかりと把握しなくてはいけないのですが、踏み込んだ話をする時間をとるのは難しく、看護師、栄養士、理学療法士に助けられているのが現実です。そこに、介護スタッフの皆さんからの情報も共有できるのはとてもありがたいですね。
宮腰さん患者さんって病院では弱音を吐かない方が多いですよね。看護師は、医師には言えない本音を聞かせてもらえることもあるのですが、それでも、介護スタッフのみなさんが患者さんのご自宅で聞いている本心には及びません。
お孫さんの入学式を見たいとか、家族で旅行に行きたいとか、そんな願いや計画を、看護師がすべてを把握することは叶いませんが、介護スタッフのみなさんは様々なことを把握しておられる。今はTeamでそのような情報も共有してもらえるので、旅行の予定から逆算して受診日を設定したり、治療スケジュールを変更してもらうこともできています。患者さんを、ただ生かすのではなく、よりよく生きるお手伝いができる。Teamがあってよかったなぁと本当に思います。
さらにこれからは、患者さんのACP(アドバンス・ケア・プランニング)を考える上でも、介護スタッフのみなさんの情報を役立てていければと思っています。
豊嶋先生医師の説明を、理解できているのか、どのように受け止めているのか、帰宅後にヘルパーさんに確認してもらうことも、できるようになりましたね。
私としては厳しいお話をしたつもりだったのに患者さんがあまり深刻に受け取っていなかったり、逆に大丈夫ですよとお伝えしたつもりだったのに心配しすぎていたり。医師の言葉をどう受け止めたかによって、その後の疾病管理の質も変わってきます。これまでは、患者さんが帰られた後のことは、私たちにはどうしようもなかったのですが、今、介護スタッフのみなさんのサポートによって、ご自宅の患者さんにアプローチできる。この安心感は非常に大きいです。
連携システムの将来像
酒井先生お話ししてきたように、名寄市では、ICTを用いた医療・介護連携が順調に動いています。もちろん温度差はあって、「仕事が増えた」「面倒だ」と感じている人もいると思いますが、熱意を持って取り組む人が一定数いれば、多くの人は協力してくれるし、やがて熱意も広がっていくと感じています。
そして、循環器内科から取り組みを始めましたが、少しずつ他の科にも広がっているようです。

宮腰さん外来では、透析部門がすでに連携を開始していますし、呼吸器内科や消化器内科でも何人かの患者さんでTeamを使い始めています。病棟でも、精神科病棟は認知症の患者さんが増えていて、地域と連携した継続的な看護を行う必要があるということで、Teamを使い始めました。さらに、いくつかの外来看護師チームから勉強会をしてほしいという声を聞いています。
今後、在宅での看取りが増えていくと思いますが、ご自宅で療養していても苦しくなったら病院に戻れる選択肢を残したいという方が少なくありません。この場合も、Teamによる情報共有は、ご本人、ご家族、介護を担当する皆さんにとって大きな安心材料となりますから、さらに多くの診療科に広がっていくと思います。
豊嶋先生心不全重症化予防の取り組みに協力してくださる介護スタッフが、循環器内科以外の診療科で、「Team連携を使えませんか?」と尋ねたことがきっかけで、広がっていくケースもあるようです。私も当直の救急外来で担当した高齢の患者さんが、独居で介護認定を受けている場合などには、救急の看護師さんと相談してシステムに登録して、翌日以降に患者さんを担当する診療科に引き継いだりしています。
酒井先生ICTは道具ですから、必要性を感じた人から始めて、それぞれに工夫しながら使い、様々な運用法が生まれ、自然に広がっていくのが良いのだと思います。
そして大切な事は、このような新しい取り組みも、時代の変化をキャッチアップし、進化していかなければやがては勢いがなくなって陳腐化していきます。常にあるべき青写真をめざしていく姿勢が重要であることを次世代に繋いでいきたいと考えています。
私もいずれは患者の立場になるわけですが、医療と介護が密に連携している名寄市になってくれれば安心です(笑)。

名寄市立総合病院副院長
患者総合支援センター長
酒井博司先生

循環器内科医長
豊嶋更紗先生

外来看護係長
宮腰七蘭さん
※本記事に掲載している情報や所属、役職等は取材時点のものです。
取材日:2024年9月4日
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