作成日:2023年6月

 
集合写真
地域連携糖尿病

旭川市を含む上川中部医療圏は、北海道の中央に位置し、約38万人の人口を有しています。2022年の高齢化率は約34.9%と、全国や北海道の平均より高めであり、少子高齢化が進展する地域です。中心となる旭川市は医療機関数が多く、医療資源に恵まれている一方で、糖尿病診療では地域連携が十分に進められておらず、重症化や合併症を予防する体制を確立できていませんでした。そこで、行政と旭川市内の基幹病院が手を組み、北海道のモデル事業として糖尿病地域連携クリティカルパス(以下、地域連携パス)の運用を行いました。今回は、地域連携パスの運用に注力した基幹病院とパスを活用しているかかりつけ医の先生方ならびに行政の担当者にお集まりいただき、地域連携のメリットなどについてお話しいただきました。

北海道旭川地区が進めてきた糖尿病地域連携の経緯

2013年
北海道のモデル事業として糖尿病地域連携クリティカルパスの運用を開始
2015年
モデル事業終了後、旭川地区糖尿病地域連携協議会を立ち上げ
2017年
旭川圏糖尿病性腎症重症化予防協議会を立ち上げ

連携に取り組む各施設の特徴

旭川赤十字病院

病床数520床、診療標榜科28科。救命救急センターを併設し、道北の救急の要となっている。地域の医療機関との連携を図るため、現在5つの基幹病院が保有するすべての電子カルテ情報をかかりつけ医と共有する「たいせつ安心i医療ネット」が運用されている。

うすき医院

臼木俊洋先生が院長を務め、旭川市内で内科、外科、胃腸科を標榜している。かかりつけ医として患者さんが訴えるさまざまな症状の相談に乗り、旭川市の基幹病院とも積極的に連携をしている。

東川町立診療所

東川町にある唯一の医療機関(歯科を除く)で、中田宏志先生が所長を務め、内科、外科、小児科、リハビリテーション科を標榜している。19床の病床を備え、訪問診療も行って地域に密着した医療を提供している。

患者さんの重症化予防には糖尿病地域連携が不可欠

安孫子先生(旭川赤十字病院 糖尿病・内分泌内科部長・副院長)旭川市は、市立旭川病院、旭川医科大学病院、旭川赤十字病院、旭川厚生病院、旭川医療センターの5つの基幹病院に加え、約100機関の内科系のクリニックがあり、医療サービスが充実しているエリアです。しかし市外には医療機関が少ないため、基幹病院やクリニックでは市内だけでなく網走、稚内方面からも幅広い地域の患者さんを受け入れています。

糖尿病診療では、重症化や合併症を予防するために、かかりつけ医と専門医療機関が連携して患者さんの治療をサポートすることが重要だと考えています。旭川市は、医療機関が多いエリアである一方、基幹病院とかかりつけ医のすべてが連携するのが難しいという課題がありました。また、かかりつけ医が患者さんを気軽に基幹病院に紹介することができず、糖尿病の重症化後に紹介されるケースが少なくありませんでした。

臼木先生(うすき医院 院長)私は連携パスの運用以前から困ったときは病院への紹介を積極的に行っており、敷居の高さは感じていませんでしたが、診療所の先生の中にはそうではない医師も多く存在しています。また、紹介すると戻ってこないのではないかという懸念もあるのではないでしょうか。

中田先生(東川町立診療所 所長)私も旭川赤十字病院での勤務経験があり、以前より積極的に病院への紹介を行ってきました。ただ、地域医療に携わって感じることは患者さんにとっても大きな病院は敷居が高いということです。病院への紹介についても施設によって格差があります。「いよいよ困ってから紹介する」のではなく、パスを利用して積極的に病院と連携することが患者さんのメリットにもつながります。

安孫子先生このような状況のなかで、質の高い医療を提供し糖尿病の重症化を防ぐためにも、かかりつけ医と専門医療機関との連携や機能分化が必要だと感じていました。5つの基幹病院それぞれに旭川医科大学出身の医師が在籍していたこともあり、2010年頃からこれら5施設の医師が集まり、勉強会などを開催して、連携の仕方について意見交換などを行っていました。

その後、旭川市の病院が連携に取り組もうとしていることが北海道の行政担当者の目に留まり、北海道のモデル事業として、かかりつけ医と専門医療機関のネットワーク構築を目指し、地域連携パスを運用することが決まりました。モデル事業は2013年度から約2年半、実施されました。

2013~2015年度は北海道のモデル事業として、地域連携パスを運用

南波課長(北海道上川総合振興局保健環境部保健行政室 企画総務課)モデル事業の実施主体は、北海道総合保健医療協議会地域保健専門委員会糖尿病対策小委員会、北海道、旭川市、旭川市医師会、旭川医科大学でした。初年度の2013年の10~11月に医療機関に向けた説明会を開催して事業の目的を説明し、参加医療機関を募り、12月には参加医療機関のリストを作成して運用を開始しました。

安孫子先生地域連携パスは、先述の5基幹病院含め9機関を専門医療機関とし、かかりつけ医と専門医療機関が検査結果や治療方針を共有し、協力して糖尿病治療を行ってきました。かかりつけ医は、病状の安定した患者さんに対して薬の処方や日常生活指導など月1回の定期診察を行うとともに、専門医療機関は数ヵ月~1年に1回検査を実施し、糖尿病や合併症の状態の評価や治療方針の決定、栄養指導や生活指導などを行います(下図)。単なる紹介・逆紹介の推進ではなく、かかりつけ医と専門医療機関の役割を明確にして、よりよい糖尿病医療を患者さんに提供できるようにしました。糖尿病は長年にわたって管理が必要な慢性疾患であるため、脳卒中などの急性疾患のように最終ゴールを目指す一方向型の地域連携パスではなく、医療機関とかかりつけ医を循環して診療する循環型のシステムを目指しています。

糖尿病地域連携クリティカルパス

日本糖尿病学会北海道支部 旭川地区糖尿病地域連携パスより引用

地域連携パスの対象となるのは、血糖コントロールがうまくいっていない、治療法の相談や、合併症の状態の把握を希望している、栄養指導や生活指導を必要としているなど、連携して治療を行うことが好ましい患者さんです。

地域連携パスに参加いただく患者さんには事前に同意を取り、同意書を作成して保管し、地域連携パスに参加している患者さんの実数などの把握につなげました。北海道の調査で糖尿病連携手帳(日本糖尿病協会発行)の使用率が低いとわかったため、専門医療機関とかかりつけ医の情報共有を推進するため、まずは糖尿病連携手帳の使用率を上げるように努めました。

専門医療機関とかかりつけ医、行政で意見交換を実施

安孫子先生モデル事業期間中は、行政が各種調査の実施、会議などの準備・議事録作成などを担当し、北海道のホームページに地域連携パスモデル事業に関する情報を掲載しました(現在、地域連携パスの情報は糖尿病学会のホームページに掲載)。地域連携パスや糖尿病連携手帳を周知させて活用を促すツールの作成、ホームページで取り組みの紹介や議事録公開なども実施していただき、行政に事務作業を担っていただいたことが医療機関にとって大きな支援となりました。

藤島主査(北海道上川総合振興局保健環境部保健行政室 企画総務課企画係)

藤島主査(北海道上川総合振興局保健環境部保健行政室 企画総務課企画係)私たち保健所担当者としましても、基幹病院やかかりつけ医の先生方や当エリアの中心自治体である旭川市さんとの意見交換やアドバイスをいただく機会となり、この事業に参加できてよかったと感じています。

安孫子先生モデル事業開始後、地域連携パスの参加医療機関と旭川市、上川保健所管内市町村が情報や意見交換を行う場として、旭川地区糖尿病パス運用推進会議が年3回開催され、地域連携パス運用に関する課題や工夫などについて話し合いながら顔の見える関係づくりを進めました。また、モデル事業の円滑な推進のため、実施主体機関による旭川地区糖尿病パス関係機関会議が開催され、連携方法や役割分担などについて議論されました。これらの会議は、専門医療機関とかかりつけ医、行政担当者が顔を合わせて意見を交わすことができる貴重な機会となりました。かかりつけ医が専門医療機関に対して壁を感じていることや、特定健診に関する情報などを知る機会となり、有意義だったと思います。その結果、会議での情報収集や議論を重ねて、診療情報提供書の様式を簡素化するなど、現場の意見を地域連携パスに反映させることができました。

モデル事業終了後は歯科にも連携が広がる

藤島主査北海道のモデル事業の終了後は、「旭川地区糖尿病地域連携協議会(以下、協議会)」が新たに立ち上がり、引き続き地域連携パスの運用を行っています。現在地域連携パスに参加している専門医療機関・かかりつけ医は93機関となっています。

中田先生糖尿病診療では糖尿病網膜症や歯周病などの合併症を防ぐことも重要です。モデル事業期間中、眼科は9機関が地域連携パスに参加していましたが、歯科は患者さんへの受診勧奨にとどまっていました。協議会立ち上げの際に旭川歯科医師会から参加の申し出があり、現在は旭川市と上川保健所管轄の市町を中心に、126の歯科医院が協力医療機関として地域連携パスに参加しています。歯科と眼科用の診療情報提供書の様式が作成され、内科から歯周病や糖尿病網膜症の検査を依頼するときに活用されています。専門医療機関から開業した眼科医院を中心に糖尿病連携手帳の存在も広まっており、糖尿病連携手帳を介した連携が歯科と眼科でも進められています。

コントロール良好の患者さんも合併症評価のため積極的に専門医療機関へ

安孫子先生モデル事業終了後は、連携パスへの参加のハードルを下げるために同意書は作成せずに参加いただいています。地域連携パスにより、病状が悪化したときだけでなく、定期的に専門医療機関で評価する仕組みのため、かかりつけ医が安心して患者さんを診られるようになります。また、専門医療機関と糖尿病連携手帳で情報交換することで、かかりつけ医の糖尿病医療に対する意識が高まったように思います。

臼木先生専門医療機関の受診は長い待ち時間など負担もありますが、当院でできない検査や支援を受けることの重要性を患者さんに理解していただくようにしています。かかりつけ医での対応が難しい場合に、専門医療機関で医療を提供してもらえることは、患者さんの安心にもつながっていると思います。地域連携のメリットを強く感じています。

安孫子先生地域連携パスモデル事業時には、かかりつけ医から専門医療機関に紹介される患者さんの約半数はHbA1c値7%未満と良好な血糖管理を維持することができていました。このような患者さんはこれまで専門医療機関に来院されていませんでした。地域連携パス導入によって、血糖管理が良好でも合併症の予防に意識を向け、専門医療機関による診療の機会を求めている患者さんやかかりつけ医がいることがわかりました。

専門医療機関からの逆紹介が増え、二人主治医体制で患者さんの治療への意識が向上

安孫子先生地域連携パスのやり取りを重ねることで、専門医療機関とかかりつけ医との間に信頼関係が生まれ、連携が取りやすくなってきました。専門医療機関からかかりつけ医へ、治療法がある程度安定している患者さんの逆紹介も増えつつあります。専門医療機関に長期間通院していた患者さんは転院を望まない場合もありますが、悪化した場合だけでなく定期的に専門医療機関で検査を行うこと、専門医とかかりつけ医が二人主治医体制で診療することを丁寧に説明すると、納得して逆紹介を受け入れてくれます。

中田先生逆紹介される患者さんは、半年後や1年後に専門医療機関を受診することをきちんと意識してかかりつけ医を受診しており、二人主治医体制によって治療に対する意識が高まっていると感じます。二人主治医体制のメリットでしょう。糖尿病連携手帳についても、他院と連携して診ている患者さんにはしっかり活用していただいており、「手帳に記載されたデータの中のHbA1c値をきちんと確認してください」と指導すると努力してくださるので、糖尿病連携手帳の活用も患者さんのモチベーションや意識の向上に関わっていると感じますね。

臼木先生私も手帳はとても大事だと強く実感しています。自分のデータがわかると治療にも前向きになれると思います。患者さんも自分の治療に積極的に関わりたいのではないでしょうか。

安孫子先生モデル事業の期間は2年半と短かったため、合併症予防につながったなどの大きな成果は得られなかったものの、かかりつけ医と専門医療機関の連携が深まったこと、行政とつながれたことが大きな収穫だったと思っています。

未参加医療機関にも周知を続け、よりよい機能分化の形を探る

臼木先生健診の機会が少ない方も多いので、いかに健診受診に導くかが重要だと思います。患者さんの早期受診につながる簡易検査の導入や市民啓発や若いころからの教育なども必要だと考えています。

中田先生モデル事業のときから、地域連携パスに参加していない医療機関から支持を得ることが課題でした。参加していない医療機関へは現在も医師会から広報を続けており、今後も対策を検討する必要があると考えられます。また、連携に使用する糖尿病連携手帳に対する理解を得る必要もあります。

日本糖尿病協会に入会していない先生は糖尿病連携手帳の入手方法を知らない場合もあります。歯科の先生から糖尿病連携手帳について尋ねられて説明する機会もあり、かかりつけ医からかかりつけ医へ、横のつながりを使って広げていくのも一つの方法だと思っています。

山田課長補佐(旭川市福祉保険部 国民健康保険課)

山田課長補佐(旭川市福祉保険部 国民健康保険課)地域連携パスに取り組む中で、行政や専門医療機関など地域連携の関係者が顔を合わせていたことから、地域連携パス以外の取り組みでも行政と機関、あるいは機関同士が連携しやすくなっています。2017年には、旭川市医師会、上川郡中央医師会、旭川地区糖尿病地域連携協議会、旭川腎臓病協議会、上川保健所、上川中部医療圏の1市9町によって旭川圏糖尿病性腎症重症化予防協議会を立ち上げました。これは国が推奨する糖尿病性腎症重症化予防プログラムを旭川市だけではなく上川中部医療圏全体で展開するためのものです。旭川市には周辺の町から多くの患者さんが受診します。そのため専門医への紹介基準や書式の様式は統一した方が効率的ですので、共通のプログラムを作成しました。また、行政の持つ統計情報を先生方と共有したり、意見交換を行ったりする場にもなっています。プログラムは、特定健診結果やレセプトから受診が必要とされる人を私たち行政が見つけて受診勧奨をしたり、医療機関に通院しても重症化リスクが高い対象者にはかかりつけ医と連絡を取った上で必要に応じた保健指導などを行ったりするものです。北海道第二の都市である旭川市ではまだまだ特定健診受診率が低い傾向にあります。糖尿病の重症化や合併症を予防するには、治療が必要な患者さんを早期に発見することが重要です。さらに、未受診や治療を中断する患者さんをいかに医療につなげるかが鍵となりますので、医療機関の先生方との連携をより一層深めて対策を一緒に協議していきたいと考えています。

安孫子先生私たち医療従事者は医療機関を受診した方しか治療することはできませんので、健診結果などから受診勧奨してくださる行政の存在は大変心強いです。今後さらに連携していくことができればと思っています。

旭川圏が北海道内でもっとも早く糖尿病性腎症重症化予防プログラムに取り組めたのは、地域連携パスの運用で行政と医療機関が連携する基盤が整っていたからだと思います。旭川地区では今後も、よりよい機能分化を探り、地域全体の糖尿病医療の水準向上を果たすため、地域連携パスの運用を続けていきます。

旭川赤十字病院 糖尿病・内分泌内科部長 副院長 安孫子 亜津子 先生

旭川赤十字病院
糖尿病・内分泌内科部長
副院長
安孫子 亜津子 先生

国民健康保険 東川町立診療所 所長 中田 宏志 先生

国民健康保険
東川町立診療所
所長
中田 宏志 先生

うすき医院 院長 臼木 俊洋 先生

うすき医院
院長
臼木 俊洋 先生

【オブザーバー】 北海道上川総合振興局 保健環境部保健行政室 企画総務課 南波 和彦 課長

北海道上川総合振興局
保健環境部保健行政室
企画総務課
南波 和彦 課長

【オブザーバー】 北海道上川総合振興局 保健環境部保健行政室 企画総務課企画係 藤島 聡子 主査

北海道上川総合振興局
保健環境部保健行政室
企画総務課企画係
藤島 聡子 主査

【オブザーバー】 旭川市 福祉保険部 国民健康保険課 山田 晴絵 課長補佐

旭川市
福祉保険部
国民健康保険課
山田 晴絵 課長補佐

※本記事に掲載している情報や所属、役職等は取材時点のものです。

取材日:2023年2月14日

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