作成日:2023年3月

 
集合写真
地域連携慢性腎臓病

静岡県東部の富士市は、重症のCKD(chronic kidney disease:慢性腎臓病)や高血圧の患者さんが多い地域でありながら、人口10万人あたりの医師数が全国に比べて少ないことが特徴です。社会の高齢化に伴いCKD患者さんのさらなる増加が予想される中、CKDの医療体制を整えるために富士市立中央病院を中心に“富士市CKDネットワーク”が発足し、活動開始から約10年が経過しました。今回は、ネットワークに関わる関係者にお集まりいただき、発足のきっかけや成果、現在の課題などについて語っていただきました。

富士市CKDネットワークの経緯

2005年
富士市立中央病院と富士市医師会の有志で“富士市高血圧・腎疾患勉強会”を立ち上げ、定期的に講演会を開催
2010年
富士市立中央病院と透析施設、行政が連携し“富士市透析防災ネットワーク”を設立
2012年
富士市CKDネットワーク設立準備会を発足
2013年
富士市立中央病院、富士市医師会、行政の連携で“富士市CKDネットワーク”発足
2018年
“富士市糖尿病ネットワーク”発足、富士市CKDネットワークとも連携
2019年
富士市薬剤師会でCKDシール事業を開始

医療と行政が協働で、地域医療連携システムを構築
~富士市CKDネットワーク発足に至る地域の背景~

笠井先生(富士市立中央病院 腎臓内科 臨床研修センターセンター長 診療参事)

笠井先生(富士市立中央病院 腎臓内科 臨床研修センターセンター長 診療参事)富士市立中央病院と医師会の有志は、2005年11月に“富士市高血圧・腎疾患勉強会”を立ち上げ、広く参加者を募り、年2回の講演会を行って知識を深めてきました。その背景には、富士市に重症のCKDや高血圧の患者さんが多いことや深刻な医師不足問題がありました。勉強会で他地域の地域医療連携を取り上げた際に、勝又先生から、富士市でも同じような地域医療連携の仕組みを作ろうと提案されたのが“富士市CKDネットワーク”発足のきっかけです。

勝又先生(勝又医院 院長 富士市医師会理事)

勝又先生(勝又医院 院長 富士市医師会理事)CKDが一般的な経過をたどって進行していく場合、かかりつけ医が患者さんを支えられますが、患者さんの中には予測できない病状変化が生じる方もいます。診療方針について開業医が自分一人では判断に迷う場合に、専門医に気軽に相談しアドバイスがいただける仕組みがあればと思っていました。そこで、笠井先生に病診連携の仕組みを作ることを提案したのです。

笠井先生富士市CKDネットワーク発足前の2010年、災害時に透析患者さんに対応するため、当院を中心に“富士市透析防災ネットワーク”という組織を立ち上げていました。災害時の医療連携には行政の協力が必要だと考え、組織の構想段階から富士市役所に協力を依頼したところ、防災危機管理課が積極的に取り組んでくれました。また、病院総務課が事務局を担当してくれたことも大きな力になりました。その結果、スムーズに活動できたことから、地域医療連携システムを立ち上げるときは行政の参加が不可欠であると考え、富士市CKDネットワークの設立準備を始めたときも行政に協力を求めました。

塩谷さん(富士市役所 CKDネットワーク事務局 保健部健康政策課 統括主幹 管理栄養士)

塩谷さん(富士市役所 CKDネットワーク事務局 保健部健康政策課 統括主幹 管理栄養士)富士市は、近年も腎不全で亡くなられる方の比率が県や国より高く、新たに人工透析を導入する方の4分の1が59歳以下の現役世代です。市の保健部では、生活習慣病発症リスクが高い方に特定保健指導を行う中で、未受診の方への受診勧奨など発症や重症化予防の取り組みが必要だと認識していましたが、富士市CKDネットワーク発足前は十分にできていませんでした。笠井先生からネットワークへの参加を打診され、医療との連携により生活習慣病の発症・重症化予防に注力できると思い、参加することにしました。

笠井先生当院が中心となって、2012年9月に富士市CKDネットワーク設立準備会を立ち上げ、翌2013年4月には富士市医師会と行政と連携した富士市CKDネットワークが発足しました。CKDに対する理解を深め、適切な医療体制を整えることで、透析導入患者数の低減や心血管疾患の発症抑制を目指すものです。

行政が受診勧奨、専門医とかかりつけ医が連携してCKDを診療
~「富士市CKDネットワーク」の仕組み~

塩谷さん富士市では、すでに特定健診の検査項目にクレアチニン値を入れていましたが、より正確に腎機能を把握するため、富士市CKDネットワークの発足時からeGFR(腎臓が老廃物を尿に排出する機能の程度を示す数値:推算糸球体濾過量)を加えました。そして、特定健診で異常があったにもかかわらず医療機関を受診していない方を市の保健師や管理栄養士が訪問し、かかりつけ医または特定健診実施医療機関を受診するよう促すことになりました。

笠井先生かかりつけ医や特定健診実施医療機関を受診した患者さんの検査値が専門医の紹介基準に当てはまる等、かかりつけ医が必要と判断された場合や、対応に困った場合は、富士市立中央病院の腎臓内科など腎臓専門医にご紹介いただきます。紹介基準は『CKD診療ガイド2012』に基づいて設定し、その後ガイドラインの改訂に合わせて改訂していますが、基準自体にこだわるわけではなく、CKDの疑いだけでもご紹介いただくようにしています。軽症から中等症の患者さんは、治療方針が固まったらかかりつけ医にお返ししますが、患者さんによっては日常的な管理はかかりつけ医が担当し、半年に1回専門医を受診していただくという、専門医とかかりつけ医が連携する“2人主治医制”を採っています。中等症までの患者さんをかかりつけ医にお任せすることで、専門医のもとに患者さんが集中することも避けられます。

チャート(腎機能に応じたCKD診断)

エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018を基に笠井先生作図

塩谷さん受診勧奨には、「特定健診受診結果連絡票(以下、連絡票)」を使用し、表面は市から医療機関へ、裏面は医療機関から市への連絡に用いています。受診勧奨の対象者と相談し、かかりつけ医もしくは近隣の医療機関を選んでいただき、連絡票に受診する医療機関名を記載してお渡しします。連絡票の裏面を使い受診結果をFAXで医療機関から送っていただき、生活習慣などに関する保健指導を行うようにしています。

笠井先生かかりつけ医から専門医への特定健診後の紹介状には紹介先の医師名、患者氏名、紹介元の医療機関・医師名を記載するだけでわかるようにしてあります。特定健診の結果などは持参していただくので、紹介状に転記する必要はありません。かかりつけ医の負担を可能な限り減らすことで、紹介のハードルを低くし、利用しやすいシステムにすることが重要だと考えています。

チャート(体制図)

塩谷さんCKDへの関心と理解を得るために、市民に対する啓発活動も行っています。市のホームページで富士市CKDネットワークについて紹介するほか、講演会の開催、地方紙にCKDの予防法を掲載したり、ポスターを作成して掲示したりしています。ポスターのキャッチコピー「たんぱく尿は未来の腎機能を示す値(検査)です」は、笠井先生の提案です。

富士市CKDネットワーク運営委員会ご提供 ポスター

CKD疾患啓発ポスター
富士市CKDネットワーク運営委員会ご提供

和田先生(さくら薬局 薬剤師 富士市薬剤師会)

和田先生(さくら薬局 薬剤師 富士市薬剤師会)2019年9月からは、富士市薬剤師会でCKDシール事業を開始しました。CKDシール事業とは、CKD患者さんであることを示すCKDシールをおくすり手帳のカバーに貼ることで、医療者間での腎機能に関する情報の共有や、患者さんへの啓発、重症化予防などを図るものです。重症度の誤認を防ぐために、シールは重症度などを色で表すのではなく、検査値・検査日を記入して腎機能の状態を正確に伝える形にし、富士市独自のものを作成しました。

 


木元先生(富士市立中央病院 薬剤科 主任 薬剤師)

木元先生(富士市立中央病院 薬剤科 主任 薬剤師)入院患者さんがCKDであれば退院時にCKDシールを貼り、その後は地域の保険薬局にフォローしていただきます。高齢の患者さんは複数の診療科を受診している方が多く、CKD以外の疾患で腎機能への負担が大きい薬剤が処方されることもあります。薬剤師がシールによりCKD患者さんだと認識できれば、処方薬の用量・用法などを確認して、必要に応じて疑義照会や処方提案を行うこともできます。シールを貼ることが目的ではなく、適切な処方を行い、将来的な透析導入や心血管疾患発症を防げればと考えています。

 

 
お薬手帳への貼付イメージ

お薬手帳への貼付イメージ

富士市版CKDシール

富士市版CKDシール

富士市薬剤師会ご提供

受診勧奨しやすいツール 、紹介しやすい土壌形成が早期のCKD発見につながる
~「富士市CKDネットワーク」の成果 ~

髙橋先生(富士市立中央病院 腎臓内科 副部長)

髙橋先生(富士市立中央病院 腎臓内科 副部長)富士市CKDネットワークの存在が浸透したことで、かかりつけ医は患者さんの腎機能に異常があれば専門医に紹介する、専門医はしっかり受け入れるという連携体制が確立しました。当院の腎臓内科に紹介される診療実績データ(電子カルテ)の集計をみましても、富士市CKDネットワーク開始前はGFR中等度~高度低下(G3b)以上、高度蛋白尿(A3)が多かったのですが、2020年度の集計ではGFR軽度~中等度低下(G2やG3a)、軽度蛋白尿(A2)も増えており、早期からのCKD診療につながっている状況が分かります。患者さんの電子カルテ情報の集計結果をみても紹介から透析導入までの期間も延びており、当院に紹介されてから透析導入に至るまでの期間は、ネットワーク発足の翌2014年は平均6.7ヵ月でしたが、2020年には34.8カ月になりました。

CKDネットワークの紹介から透析導入までの期間

出典:富士市立中央病院 腎臓内科 診療実績データ(電子カルテ)集計より

勝又先生紹介基準があり、受け入れ先が決まっていて紹介しやすい土壌となっているため、私たちかかりつけ医にとっては、安心できる環境になっています。また、専門医から投薬や診療上のアドバイスを頂戴しながら2人主治医体制で診療にあたることで、CKDへの理解が深まり、かかりつけ医の診療レベルが向上するように考えています。

塩谷さん富士市CKDネットワークができ、連絡票という独自のツールを作成・活用したことで、スムーズに受診を勧められるようになりました。連絡票は高血圧と糖尿病についても同様の書式で作成しており、現在はCKDと合わせて3疾患で受診勧奨を行っています。行政の保健担当と医療従事者の連携を強化できたことで、保健事業の充実・強化についても専門医や医師会に相談できるようになりました。相談できる場があることをとても心強く感じており、富士市の強みだと思っています。

和田先生CKDシールに臨床検査値が記載されているので、保険薬局の薬剤師は臨床検査値を意識するようになり、受診勧奨や服薬指導にも活用しています。単に調剤をするだけではなく、CKDの重症化予防に取り組むのだという意識の変化が薬剤師に表れていると実感しています。

木元先生腎臓病以外の疾患で入院されていた患者さんに退院時にCKDシールをお渡しすると、患者さんが自分の腎機能の低下を知って驚くことがあります。患者さんがCKDに関心を持つきっかけになっており、私たち薬剤師もCKDについて説明したり、生活習慣に介入したりする機会になっています。

笠井先生富士市CKDネットワークは、早期のCKD発見や医療従事者の意識の変化につながっただけでなく、糖尿病の診療にも影響が波及して、同じような組織構成で“富士市糖尿病ネットワーク”が2018年に発足しました。富士市CKDネットワークの仕組みをそのまま糖尿病に応用したもので、専門医が腎臓病専門医から糖尿病専門診療医に置き換わっているだけで、事務局も富士市CKDネットワークと同様、行政の健康政策課に置いています。このネットワークの仕組みはさまざまな慢性疾患に適応できると考えています。

塩谷さん血糖管理不良の患者さんなどが富士市糖尿病ネットワークを活用して専門診療医に紹介され、2019年度から2021年度までの3年間で900名を超えます。

笠井先生医療の現場には数多くの血糖管理不良の患者さんがおいでになり、糖尿病専門診療医の関わりを求めています。病診連携を通して血糖管理をしっかり行い、重症化を防ぐ仕組みができたのは、透析導入予防のためにもとても意味があることだと思っています。現在、富士市ではCKDネットワークと糖尿病ネットワークが車の両輪となって糖尿病性腎症重症化予防対策を進めているのです。

糖尿病性腎症重症化予防対策

腎臓だけでなく全身の状態を診ることが重要、地域医療連携で市民の健康度向上へ
~ネットワークの今後の取り組み・新たな目標~

笠井先生CKD患者さんに適切な薬物治療を提供するには、薬剤師との連携が重要です。富士市CKDネットワークに薬剤師が参加し、顔が見える関係を築けるようになったことはとても価値があると思っています。積極的に介入し、患者さんにとって不利益となる処方があれば疑義照会や処方提案を行っていただくことを期待しています。

和田先生薬剤師が臨床検査値をもとに処方内容を精査することで、CKDの重症化予防に貢献できますし、薬剤師自身のスキルアップにもつながると考えています。現在、富士市CKDシール事業に参加している薬局は薬剤師会会員薬局の約3分の1にとどまっているので、CKDシールの意義や薬剤師が担うべき役割の周知を図り、仲間を増やしていきたいと思っています。また、この“富士モデル”のシールは汎用性が高く、糖尿病にも広げて運用を始めていています。

木元先生CKDシールで検査値を共有していますが、さらに処方が変更となった経緯なども何らかの形で共有することができれば、よりよい服薬管理につながるのではないかと期待しています。病院薬剤師と薬局薬剤師の連携を強化してさらに患者さんのためにできることを追求していければと考えています。

髙橋先生重症化予防を行うことで透析導入の抑制や、導入時期の延長を実現してきましたが、今でも働き盛りの世代で透析導入せざるを得ない患者さんがおいでになります。比較的若い世代の導入には糖尿病が原因していることが多く、私たちだけで透析導入患者数を減らすには限界があります。そのため、糖尿病ネットワークとの連携をさらに推進していかなければならないと思っています。

笠井先生一方、高齢の患者さんのなかには複数の心臓・血管の手術歴や悪性腫瘍の治療歴がある患者さんも少なくありません。また、全身性疾患の一つの症状として腎機能が低下している場合や紹介のきっかけとなったCKDよりも優先して治療すべき病気が新たに見つかることもよく経験します。CKDの診療では、腎臓だけでなく、全身の病状とその変化を診ていくことが求められます。

髙橋先生心不全に伴う腎機能の低下など、腎臓と心臓や肝臓といった他の臓器の機能低下が影響し合っている場合には、腎臓専門医だけでは対処しきれないこともあります。また、高齢の患者さんのフレイル対策も重要です。富士市CKDネットワークで行える対策には引き続きしっかり取り組むと同時に、複雑な問題を包括的に解決する専門家同士の連携体制も必要です。

笠井先生高齢化により、さまざまな疾患を克服しても最終的に腎機能が低下してCKDになる患者さんが見受けられます。高齢になり、腎機能が低下してから生活習慣を改善するのではなく、若年の頃から塩分の摂り過ぎを避ける、適正な血圧を維持するなど、腎臓を保護する生活を心がけることが大切です。生涯にわたって腎臓を守る生活をすることが、高齢になっても腎機能が維持できるだけでなく、他の臓器を守ることにもつながるということをお伝えしていきたいと思います。さて、富士市CKDネットワークは行政とともに基幹病院と地域医師会が連携し、地域多職種連携システムを実現しました。生き生きと機能する地域医療連携は、患者さんと保健師など行政職員、そしてさまざまな医療者をつなぎ、地域の医療を円滑にしてゆくことを実感しています。私たちがつくる医療が患者さんを元気にし、地域の健康と安心につながることを願って活動し続けたいと思います。

各施設の特徴

富士市立中央病院

病床数520床。地域の基幹病院として、高度な医療を提供しつつ、地域医療連携や人材育成に力を注いでいる。腎臓内科は7名の医師が在籍し、腎臓病患者さんとご家族を対象に多職種による腎臓病教室も開催している。

富士市医師会

1947年に富士郡医師会として発足、その後吉原の医師会と合併し、1965年に富士市医師会と名称を改める。会員数335名。行政と連携し、健診事業や予防接種事業などを行って富士市民の健康を支えている。

富士市

静岡県の東部に位置し、製紙業で発展した工業都市。人口250,030人(2022年4月1日現在)。高齢化率は28.3%(2022年4月1日現在)。富士市CKDネットワーク事務局が置かれた保健部健康政策課は、保健部地域保健課とともに保健センターに拠点を置き、健診や健康相談など市民の疾病予防や健康増進のための活動を行っている。

富士市薬剤師会

1949年、前身である静岡県薬剤師協会富士支部が創立、富士市内在住の薬剤師と富士市内の薬局に勤務する薬剤師で組織されている。現在、会員薬局は104軒、薬剤師が約160人。富士市CKDネットワークには会員のうち薬局33軒、薬剤師102名が参加している。

富士市立中央病院 腎臓内科 診療参事 笠井 健司 先生

富士市立中央病院
腎臓内科 診療参事
笠井 健司 先生

富士市立中央病院 腎臓内科 副部長 髙橋 康人 先生

富士市立中央病院
腎臓内科 副部長
髙橋 康人 先生

富士市立中央病院 薬剤科 主任 木元 慎一郎 先生(腎臓病療養指導士)

富士市立中央病院
薬剤科 主任
木元 慎一郎 先生
(腎臓病療養指導士)

勝又医院 院長 勝又 秀樹 先生

勝又医院
院長
勝又 秀樹 先生
(富士市医師会理事)

さくら薬局 和田 泰明 先生

さくら薬局
和田 泰明 先生

富士市役所 CKDネットワーク事務局(保健部健康政策課 統括主幹)塩谷 祐実 さん

富士市役所
CKDネットワーク事務局
(保健部健康政策課 統括主幹)
塩谷 祐実 さん
(管理栄養士)

※本記事に掲載している情報や所属、役職等は取材時点のものです。

取材日:2022年9月7日

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