東邦大学医療センター大橋病院(以下、大橋病院)が位置する東京都区西南部医療圏は、医師の数や地域に根ざした診療所は多い一方で、人口あたりの病床数の少ない地域です。心不全パンデミックと呼ばれる、人口高齢化に伴う心不全患者数の継続的な増加が懸念される中、大橋病院を中心として“大橋ハートカンファレンス”という新たな心不全地域多職種連携の取り組みが始められています。今回は、その関係者にお集まりいただき、大橋ハートカンファレンス立ち上げのきっかけや成果、課題、導入にあたってのポイントなどを語っていただきました。
大橋病院が進めてきた心不全地域多職種連携の経緯
- 2013年
- 病棟、外来、リハビリテーションの3部門で積極的な心不全支援を開始
- 2015年
- 大橋ハートカンファレンスの立ち上げ
- 2021年
- 3部門での活動を統合した心不全チームの発足
連携に取り組む各施設の特徴
大橋病院
病床数は320床。二次救急医療機関を有し、東京都災害拠点連携病院に指定されている。循環器内科は365日24時間対応しており以前から心不全診療に力を入れている。最近では、脳卒中の診療についても、地域の医療機関と連携を始めている。
ゆみのハートクリニック渋谷
外来診療と訪問診療、訪問リハビリテーションの機能を有する。約300人の在宅患者の訪問診療に24時間対応している。約半数が心不全患者であり、その他、神経難病、がん、認知症にも対応。看護師がファーストコールからトリアージを行う体制を導入している。
トータルライフケア池尻大橋
24時間対応の訪問看護ステーションを併設する居宅介護支援事業者。看護師との情報共有や連携が取りやすいため、地域包括支援センターや医療ソーシャルワーカー、訪問診療医からも直接依頼がある。医療ニーズの高い利用者が多く、地域の医療機関と密に連携を図っている。
心不全パンデミックは病院だけではカバーできない、
病病、病診、介護との地域連携は不可欠
~心不全医療に携わる現状の課題~
秋田さん(大橋病院 心不全療養指導士) 当院では2013年頃から、病棟、外来、リハビリテーションそれぞれの部署で多職種連携チームを立ち上げ、心不全ケアに力を入れてきました。その後、各部門での取り組みや携わるスタッフが重複してきたことから、目標・目的の共有化と明確化を図るため、2021年よりひとつの“心不全チーム”へ統合して活動しています。心不全チームは、医師、慢性心不全認定看護師、心不全療養指導士、心臓リハビリテーション指導士、薬剤師、理学療法士など、約20名の多職種で構成されています。
また、地域連携の一環として、患者さん同士の情報交換の場となる“患者会”を始めています。当院に通院している患者さんやそのご家族に参加していただき、自宅でのセルフケアのポイントや運動について、患者さん同士が情報を共有し知識を深める機会を設けています。
矢﨑先生(大橋病院 循環器内科 助教) 心不全パンデミックと呼ばれるようにその患者数はさらに増加すると見込まれており、当院だけで地域の心不全患者さんへの医療を十分に支えることは困難です。また心不全患者さんの多くは高齢者で、認知症やフレイルといった併存症を抱える方もいるため、介護面からのサポートも不可欠です。患者さんにとって病院での入院は非日常ですので、地域でその人らしい生活を送れるよう、医療の主体は地域にあることを念頭に置き、地域連携を進める必要があります。
中村先生(大橋病院 循環器内科 教授) 現状の病病連携や病診連携は、紹介状でのやりとりが主となっています。紙面上のみでなく顔の見える関係を築くことができれば、お互いに細かな情報収集もしやすくなるのですが、実際には難しいところです。また、患者さんが退院される際には一般的に紹介元の先生へお返ししますが、循環器専門でない場合、心不全治療薬や適切な受診頻度の調整などが難しいこともあると思います。当地域では循環器専門の診療所も多くないので、専門外の先生方とどのように連携を図っていくかは大きな課題です。
鮫島先生(ゆみのハートクリニック渋谷 院長) 理想的な連携体制は、服薬調整などの日常診療を地域のかかりつけ医に任せていただいて、大がかりな検査や困った際に病院が相談を受けてくれる形です。心不全は日常生活の過ごし方によって悪化する病気であるため、増悪を予防するには、患者さんの生活へ適切に介入する必要があります。状態が悪化してから入院を勧めるのではなく、悪くなり始めた段階でいかに早期介入できるかが地域に求められる力だと思います。
地域の医療者や介護者と顔を合わせた付き合いをしたい、
地域全体で患者さんをみる関係構築へ
~「大橋ハートカンファレンス」の立ち上げ~
矢﨑先生 心不全患者さんの再入院の要因は、医学面のみでなく、適切な服薬や食事・塩分制限、体重管理が行えないといった生活面の問題も多いとされています。しかし院内で患者さんを診療していても、普段の生活はなかなか見えてきません。医師は医学的な問題であれば考えることはできますが、生活面への介入まではできないものです。そこで、地域で患者さんのケアに携われている専門職の方々に直接会って、気軽にいろいろな意見を聞ける機会を設けてみたいと考え、2015年に“大橋ハートカンファレンス”を発足しました。地域の医療・介護従事者と顔が見える関係を構築することで、患者さんのことをよく知り、再入院予防へつなげることを目的としています。
カンファレンスでは、当院へ通院中の患者さんのうち、生活への介入や介護サービス導入を検討する必要性が考えられる症例を取り上げます。その上で関わりのある方々が職種を超えてざっくばらんに意見を出し合い、問題点について解決策を考えています。
中村先生 心不全患者さんの急増は大きな問題であり、心不全診療への携わり方は、医療・介護全体でとらえるべき課題です。そのような中で矢﨑先生らから新しい取り組みを行いたいという提案があり、医局としても全面的にサポートしたいと思いました。同時期に、院内で慢性心不全認定看護師が誕生したことなども重なり、多職種連携の機運が盛り上がっていたことも発足の背景にあります。
矢﨑先生 カンファレンスは2~3ヵ月に1回、これまでに30回以上開催し、当院のスタッフ、地域の医師や訪問看護師、ケアマネジャーなどが参加しています。最初は少人数でしたが、次第に声をかける方が増えています。
敷居を低くフラットな関係づくり、思いを伝える場が心不全医療に進化をもたらす
~「大橋ハートカンファレンス」による地域への成果~
鮫島先生 大橋ハートカンファレンスでは、地域と病院から参加した多職種全員が対等な立場で意見交換をしており、初めて参加した際はとても衝撃を受けました。この会は、自分の思いやちょっとした悩みなどを相談することができる貴重な場です。当院から参加したスタッフは大学病院に対して非常に敷居が高いと感じていましたので、先生方からの声かけでこのような会が実現できているのは素晴らしいと思いました。
伊藤さん(トータルライフケア池尻大橋 介護支援専門員) 正直なところ、医師や看護師などの医療専門職の参加者が多く、介護職は少し場違いかなと、初めて参加する前は緊張していました。しかし、いざ参加してみるとさまざまな職種へ幅広く意見を求めてくださる場であるということを強く感じました。カンファレンス後には、医療職の方々から「いい意見をありがとう」と声をかけていただいて、急に緊張がほどけたことを覚えています。この会への参加は敷居が高いことではなく、逆に私たち介護職が連携する医療職の方々と意見を交わせる門戸を開くきっかけとなっています。
矢﨑先生 実際の生活の場で患者さんと長く付き合っている地域の看護師さんやケアマネジャーさんは、患者さんご本人やそのご家族がどういった考えや思いを抱いているのかをよく把握されています。心不全が悪化した場合に備えて、ご本人が日頃からどういう風に生きたいと考えておられるか、あらかじめ共有しておいていただけるという意味でも、われわれにとって有意義な機会になっていると思います。
秋田さん ある患者さんにホームヘルパーの導入が必要と考えられたため、ケアマネジャーさんへ連絡したところ、実はご家族が、患者さんの介護にこれまでやりがいを持って取り組まれており、ヘルパーを導入すると自分の役割が薄れ、存在価値がなくなると感じて拒否されていた背景がわかったという経験があります。このように、大橋ハートカンファレンスを通じた連携があったからこそ、地域の方々と連絡をとり、患者さんの相談をすることができるようになりました。地域の方々との連携によって、病院の外来だけでは見えてこなかったご家族の思いなどが明らかになり、とても勉強になっています。ほかにも地域からさまざまな情報をいただくことが、当院の心不全看護に活きています。
矢﨑先生 秋田さんはじめ外来看護師のみなさんが、地域連携から得られた情報を活かして、当院の外来診療予定日に受診されない患者さんに根気よく連絡したり、少し気になる患者さんを電話でフォローしたりする働きかけを始めてくれていることは、おそらく、心不全増悪による救急受診や再入院の予防に貢献していると感じています。
中村先生 私も、外来看護師が診療前に患者さんの情報を共有してくれたり、診察後にフォローアップの面接をしてくれたりすることが、外来の診察にとても役立っています。多職種のスタッフが関わることで、おそらく患者さんやご家族にも、自分たちのことを気にかけてくれていると実感いただき喜んでいただけているのではないかと思います。このように大橋ハートカンファレンスで築いた地域とのつながりを契機として、間接的に心不全再入院の減少をもたらすであろう、よいサイクルが働いているのではないでしょうか。
鮫島先生 患者さんが自分をみてもらえていると感じるのと同じように、われわれ連携先にとっても、大学病院が地域を見てくれていると感じられる取り組みはモチベーションにつながります。大橋ハートカンファレンスを通じて病院と地域との接点ができたことで、紹介状の紙面だけのやりとりではなく、つながっていると感じられます。日常診療を担うわれわれと、入院先の病院が、施設を超えて連携しながら声をかけていけば、患者さんやご家族に「地域全体で支えてもらえている」と感じていただけるのではないでしょうか。
伊藤さん 急性期を担ってくださる大学病院と密なつながりを持てたことは、地域で介護サービスを提供するわれわれにとって、“安心できる環境”ができたと感じています。心不全の患者さんは、ADLや認知機能が保てているため要介護度が低めに認定されることも多く、息苦しさなどを抱えて生活していても、介護サービスの導入が難しいケースがあります。また、介護申請をされていない方や介護サービスを使うことを後ろ向きに考える方もおられます。適切な段階で必要な介護サービスを導入するためには、介護と医療がフラットに相談できることが重要です。
職種や施設の垣根を越えた学びの場「大橋ハートカンファレンス」
~会をきっかけにもたらされた意識変化と今後の課題~
矢﨑先生 病院内では、退院後の心不全患者さんがどのように生活して過ごしていくかなど、地域のことをまだよく知らないスタッフも多いと思います。大橋ハートカンファレンスは、退院後の生活を見据えて地域へつないでいくことの重要性を考えさせられる場だと思います。
中村先生 一生懸命に心不全について学んだり、患者さんの支援に取り組んだりしているスタッフがいると、周囲も関心を持つようになるので、カンファレンスに参加していない院内スタッフのスキルアップへも、自然につながっているのではないか思っています。
鮫島先生 当院からは看護師やセラピスト、介護職などのスタッフが参加していますが、大学の医師や看護師と垣根を気にせず意見交換していいんだと思える場を作ってくださったことに感謝しています。学びたい、自分たちの思いを伝えたいという願いをかなえられることは、スタッフのやりがいにつながっています。
伊藤さん 私は大橋ハートカンファレンスに参加するようになって、心不全に対する意識が大きく変わりました。必要な介護を見直すことで悪化を予防できるのではないかなど、心不全の早期発見を意識してケアを考える視点を持てるようになりました。カンファレンス中に他の参加者から質問されることであらためて気付くことも多いので、本当に参加するのが楽しみです。地域の他の介護職の方々にもぜひ参加していただきたいと思っています。
矢﨑先生 開始当初は15名程度の参加でしたが徐々に増え、新型コロナウイルスの影響により人数制限なしでウェブ開催にした際には50名ほどの参加がありました。参加希望者が増えたのはうれしいのですが、その一方で人数が多いと発言者が限られるなどの課題も出てきました。今後は病病連携、病診連携、病院介護連携にテーマを分けて開催するなど、参加しやすい工夫をしていきたいと考えています。
秋田さん 以前は、グループワークを行ってたくさん意見交換ができていましたが、ウェブ開催ですと、会話ができない状態で参加している方もいらっしゃるので、グループ分けも難しかったり、意見が出しづらく、一方通行の座学形式になってしまったりしがちなので、今後解決していかなければいけません。顔が見えて意見の出しやすい形式を大切に、進めていければと検討中です。
それぞれの地域に合った心不全地域多職種連携を
~これからカンファレンスを始めたい地域の方々へのメッセージ~
矢﨑先生 それぞれの地域によって求められる心不全医療の形は異なってくるため、地域ごとの特色に合わせた会を設けることが重要です。また、カンファレンスを継続するためには開催自体が負担にならないよう、少し肩の力を抜き、気楽に意見を出し合うことができるような環境づくりが大事かと考えます。
秋田さん 地域の多職種の方々との意見交換は、患者さんやご家族が“その人らしく生きられるよう”に支援するためには欠かせないことであり、私のような病院に勤務するスタッフにとっては楽しみながら勉強できる重要な機会になっています。カンファレンスは意義のある時間になると思うのでぜひやってみてください。
鮫島先生 地域で患者さんを支えるスタッフにとって、カンファレンスはよいシミュレーションとなっています。実際に同様の症例に遭遇した場合、自分は何に気付きどう行動すればよいのかを練習できる場になるのではないかと思います。
伊藤さん 介護職の方も緊張せず、怖がらずにどんどん参加してほしいなと思います。2020年に厚生労働省から『「適切なケアマネジメント手法」の手引き』が公表され1)、ケアマネジャーにはさらなる質が求められる時代になっています。選ばれるケアマネジャーであるためには、常に勉強が必要です。
中村先生 大橋ハートカンファレンスが成功した一つの秘訣(ひけつ)は、参加者にとって敷居の低い環境を作れたことです。地域や多職種の人に集まっていただけるような場をつくるキーパーソンとして、リーダーが高ぶることなくうまく機能できたのだろうと思います。あまり大上段に構えず、完璧を求め過ぎず、まずきっかけを作ること、そしてそれを継続することが大切だと思います。地域連携のあり方はワンパターンではありません。地域ごとの課題を掘り下げていくためにも、フランクに話し合える関係づくりが重要だと思います。
東邦大学医療センター
大橋病院 循環器内科 教授
中村 正人 先生
東邦大学医療センター
大橋病院 循環器内科 助教
矢﨑 義行 先生
東邦大学医療センター
大橋病院 看護師
秋田 深雪 さん(心不全療養指導士)
ゆみのハートクリニック渋谷
院長
鮫島 光博 先生<渋谷区>
トータルライフケア池尻大橋
介護支援専門員
伊藤 浩之 さん<目黒区>
※本記事に掲載している情報や所属、役職等は取材時点のものです。
取材日:2021年7月5日
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