心臓リハビリテーション指導士として活躍される片野唆敏先生に、心臓リハビリテーションの意義や最前線での取り組み、多職種スタッフや地域との連携、そして循環器疾患に対する理学療法の魅力などについてお話をうかがいました。
札幌医科大学附属病院 リハビリテーション部
理学療法士/心臓リハビリテーション上級指導士
片野 唆敏 先生
「心臓リハビリテーション」とはどのようなものでしょうか。
私は患者さんに、「そもそもリハビリテーションというのは、元の社会生活に戻ること」というところから説明するようにしています。それに「心臓」という言葉が付いた「心臓リハビリテーション」は、心臓疾患を患った人が元の社会生活に戻るために必要な医療行為全てを指します。患者さんが社会生活に復帰し、再発や再入院を予防するために行う総合的な活動プログラムです1)。
患者さんが元の生活に戻るために必要な医療は、薬剤を用いた治療や運動療法だけではありません。ご自身の疾患をご自身で管理する能力を高められるようになることもリハビリテーションの一環です。栄養をしっかりつけて体力を維持することや、薬剤師の指導の下で服薬アドヒアランスを良好な状態に維持していくことも必要です。
こうした概念を、患者さんやご家族にご理解いただけるよう伝えていくことも、心臓リハビリテーションに関わる医療者の役割です。
「心臓リハビリテーション指導士」の資格を取得されたきっかけを教えてください。
私が理学療法士になった当初、慢性疾患で維持期にある患者さんのリハビリテーションに関わる機会がありました。その中で循環器疾患を併存している患者さんに多く接したときに、より効果的な運動療法を提供するために、循環器分野についてしっかり学びたいと考えるようになりました。当時、大学の博士課程にいた私がその思いを指導教官に伝えたところ、ちょうど附属病院である当院で心臓リハビリテーションを立ち上げることを計画しているので、ぜひ担当してくれないかとのお話をいただき、立ち上げを任されることになりました。
いろいろと情報を集めていくうちに、日本心臓リハビリテーション学会認定の「心臓リハビリテーション指導士」2)という資格があることを知り、心臓リハビリテーションを本格的に提供するに当たって必要だと考え、取得しました。
貴院での「心臓リハビリテーション」の取り組みを教えてください。
当院の心臓リハビリテーションの特徴としては、理学療法士はリハビリテーション部に所属していますが、病棟専属であるということです。私は循環器内科病棟、もう1名の理学療法士が心臓血管外科病棟に常駐して勤務しています。
同じ病棟に理学療法士と医師、看護師、薬剤師などがいるわけですから、円滑にコミュニケーションを図ることができ、業務の遂行に役立っています。日々の業務の何気ない会話がそのままディスカッションになって、患者さんの治療方針の検討につながることもあります。
心臓リハビリテーションに関わる多職種とはどのように連携していますか。
私たちのチームには現在、医師、看護師、理学療法士、薬剤師、ソーシャルワーカー、管理栄養士がいます。
理学療法士は、主に運動という視点から患者さんの健康寿命や生活機能を考え、退院後も自立した生活を送る能力を再獲得するためのリハビリテーションを検討します。患者さんが退院できるようになるまでの過程を予測し、退院後も安全な生活を送るために必要な福祉用具に関する情報提供なども行います。退院時には、地域のかかりつけ医や関係するスタッフに、運動の内容を引き継いでいきます。
薬剤師も病棟に常駐し、主に服薬アドヒアランスが良好に維持できるような指導を行います。服薬の内容に関しても、過剰な薬剤や多剤併用などをチェックし、医師へ提案もしています。
管理栄養士は、食事が十分摂れないような患者さんとそのご家族へ、低栄養にならないような食形態や調理の工夫などの指導、少量でも十分な栄養素を摂れる栄養補助食品の紹介など、食に関する全般的なサポートをしています。従来、心不全患者さんに対しては摂取エネルギーを制限する栄養指導が中心だったのですが、近年、BMIを維持したほうが予後良好であることがわかってきたため、現在では栄養指導の方向性が変わってきています3)。
看護師は、引継ぎをしながら24時間病棟にいて患者さんの一日の状況を把握していますから、電子カルテには書かないような、細かいけれど重要な情報を得ていることがあります。たとえば、「(本当は制限されているが)しょっぱいものを食べているようだ」などの情報が、何気ない会話の中から派生して出てくることもあります。こうした情報を得ることができるのも、患者さんの情報が集まる病棟に多職種が常駐しているからだと思います。
心臓リハビリテーション開始当初、私たち理学療法士は病棟では新参者だったのですが、細かなコミュニケーションを重ねていく中で役割を認識してもらい、存在意義を理解してもらえたことで、チームとしての連携が進んだのではないかと思っています。
患者さんの指導ではどのような点に留意されていますか。
急性期の心臓リハビリテーションでは、寝かせきりの期間を短縮するために早期離床を目指します。それでも筋力や歩く能力が低下してしまう患者さんには、筋力トレーニング、コーディネーション運動、ウォーキングやエルゴメータを使った有酸素運動などを病状に合わせて行っていきます。退院が近くなったら、自宅での自主トレーニングとして続けられるような運動に切り替えます。
退院後は患者さんご自身で自分の体をメンテナンスできるように、入院中に必要なノウハウを習得してもらうことが大切です。運動は上手に進めると心臓に良いのですが、方法を間違えると病状を悪化させるリスクもありますので、安全な範囲で、正しい方法で運動ができるように指導することが私たちの役割です。そのためには、自宅へ戻った後の生活を想定しながら過ごし、現在行っているトレーニングはどのような動作につながるのか、生活に当てはめながら運動することが大切です。
安全な範囲を見極めるポイントとしては、会話が自然に続けられるかどうかを一つの目安にしています。運動で心臓に負担がかかってくると呼吸が少し促迫して、いわゆる「息が上がる」状態になります。すると、会話を中断して呼吸を整える必要が生じます。これを心臓への負荷を判別する重要な情報として、まず患者さんに覚えていただきます。最初は自覚しない方が少なくありませんが、会話をしながら動いてもらって、「今、会話が続けられないような状況になっていますよ」とフィードバックするなどして、「ここまでやったらダメだ」という感覚を体で覚えていただくようにします。退院後の生活では「苦しくないから大丈夫」と安全の範囲を超えて動いてしまう方もいますので、そうした意識を変えていくことも、入院期間中に行うべき重要なリハビリテーションだと考えています。
また、動き過ぎた次の日にあらわれるサイン(徴候)として、むくみや体重増加などのわかりやすい変化も患者さんに伝えます。これは病棟の看護師も、患者指導の一環として行っています。
患者さんに円滑に心臓リハビリテーションを提供するために、どのように地域と連携すればいいでしょうか。
患者さんが退院後に社会復帰し、元のような生活を長く続けていただくためには、二次予防に向けた自己管理が重要です。実はこれをいかに支援するかが、心臓リハビリテーションを進めるうえでの地域連携に求められるポイントでもあり、難しいところでもあります。
大学病院である当院には、高度な医療を必要とする患者さんが道内の広い範囲から来院されており、退院後は、それぞれの地域の基幹病院等に移ってケアを受けていただくことになります。その際に引継ぎ先に運動の内容を伝えようとしても、循環器領域の知識を共有できなければ情報が上手く伝わらないことがあり、その点は課題だと感じています。
退院後の患者さんのフォローアップについて、地域の施設ともっと気軽に情報交換ができるような体制を、今後作っていきたいと思っています。
心臓リハビリテーション指導士の仕事の魅力はどのようなことでしょうか。
心臓リハビリテーションはQOLや生命予後を改善するエビデンスを有しています4)。ただ社会復帰に寄与するだけでなく、健康寿命まで延ばすパワーを秘めています。退院は難しいと思われるような重度の心不全患者さんであっても、理学療法でこつこつと地道に筋肉を鍛えていき、元の生活を送れるほどまで体力をつけて退院に至ることができたときなどは、非常にやりがいを感じます。これは理学療法士にしかできない重要な仕事です。
最近は理学療法も、整形外科、脳卒中、がんなど専門領域ごとに分かれ、各セラピストがそれぞれに専門性を発揮していく方向に変わってきているのではないかと思います。その中で心臓リハビリテーションを行う循環器領域は、日々新たな治療法が確立され、それに合わせたリハビリテーション手法が進化していて、常に新鮮な気持ちで仕事ができるのでとても魅力的です。どんどん新しいことにチャレンジしたいと思っている人にこそ、この分野に取り組んでほしいと思います。
今後はどのようなことに取り組んでいきたいとお考えですか。
理学療法の治療効果の現れ方が、担当するセラピストごとに異なることが課題となっており、この標準化を図っていきたいと考えています。
また今後は、地域で活躍できるような、心臓リハビリテーションを担う人材育成にも取り組んでいきたいと考えています。私は現在、道内の若手理学療法士でつくるネットワークを主宰しており、将来この領域をけん引していく人材を育成することをモットーに、教育機会の提供などの活動を行っています。
理学療法士の皆さんには、臨床だけではなく研究にもぜひ目を向けてほしいと思っています。臨床で見つけた課題を科学的に検証し、解決する研究は、臨床を豊かにするためにも必要だと思います。臨床も研究も両方できるセラピストが増えることを期待しています。
※本記事に掲載している情報や所属、役職等は取材時点のものです。
取材日:2021年1月27日
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