知るシリーズ 心不全教育入院

循環器内科医として心不全治療に携わりながら、心臓リハビリテーションの分野でもご活躍されている伊地知健先生に、心不全教育入院の話題を中心に心不全予防や多職種連携、地域連携などを踏まえた多角的な視点からお話を伺いました。

東海大学医学部付属病院 循環器内科 講師
伊地知 健 先生

Q

心臓リハビリテーションに携わることになったきっかけや多職種連携の必要性について教えてください。

A

循環器内科医としての勤務当初の業務はカテーテル治療が主であり、自分では天職だと思いながら仕事をしていました。一方で、カテーテルや薬のみでは助けることが困難な重症患者さんの存在を次第に感じるようになりました。同時に、そのような患者さんに対しては、ほぼ全例心臓リハビリテーションを行っており、その有効性や心臓リハビリテーション指導士1)という資格を知るきっかけとなりました。心筋梗塞の患者さんに対する心臓リハビリテーションは、ガイドライン上でもカテーテルや薬物治療と変わらないクラスⅠの位置付けになっており2)、資格は必須であると考え取得しました。

当院の心臓リハビリテーションチームの立ち上げは、医師と看護師から始まり、現在は理学療法士、管理栄養士、薬剤師、認定心理士とともに活動しています。心臓の病気であると言われると、「自分はもうだめだ」などと抑うつ状態に陥る患者さんが一定数いるため、心理士がいかに早く介入するかはひとつのキーです。また、実動的な職種に加え、当院では医事課のスタッフも積極的に連携しています。ワーキンググループには必ず参加し、心臓リハビリテーションを実際に行った件数や診療報酬を算出してもらうことは、スタッフのモチベーション向上にもつながっています。第三者的な目線でモニタリングし助言してもらう重要な役割もあります。

Q

心不全教育入院の導入へいたるには、どのような背景があったのでしょうか?

A

日本脳卒中学会と日本循環器学会から公表された“脳卒中と循環器病克服第二次5ヵ年計画”では、心不全患者さんの退院後の生存率はがん患者さんの生存率よりも低いと述べられています3)。2020年には厚生労働省によって“循環器病対策推進基本計画”が策定され4)、心不全の“予防”が注目されています。予防の観点から心不全の進展ステージ分類5)で注目すべきは、ステージBです。ステージBは、器質的心疾患があるものの心不全症候は認めず、発症して入院するリスクが高い状態です。ステージCやDに対してはさまざまな取り組みがされている一方で、薬以外の介入がステージBに対してどの程度されているかを考えると、心不全発症“予防”を踏まえた介入方法の検討が必要です。心不全で1回でも入院した方は、入院していない方と比べて死亡や再入院のリスクが高いことがわかっていますので、心不全での入院をなるべく回避しなければなりません。

しかし外来診療の限られた時間で、このような心不全予防について患者さんに理解していただけるまで説明するのは困難です。そこで考え出したのが、心不全教育入院プログラムです。ロールモデルは糖尿病教育入院でした。同様の取り組み方でしっかりと患者さんに説明し、必要性が理解されれば、実施する意義は大きいと思いました。

 
Q

具体的な心不全教育入院の流れやその中での新しい気づきについて教えてください。

A

対象患者さん選定の目安のひとつは、脳性(B型)ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が高値であることです。BNPが200~300pg/mL以上でも症状がない方も多く、開始当初はまずそのような方を対象としていました。また、外来診療の際に、明らかな塩分摂取過多やオーバーワークが疑われる方も対象としています。最近は老老介護で、患者さんご本人がご家族を介護しておりオーバーワークとなっている場合もあります。そのほか病識が低い方、逆に意識が高い方など、図1に示すような患者さんに教育入院を提案しています。

図1 心不全教育入院向けの患者さんイメージ

図1 心不全教育入院向けの患者さんイメージ

※東海大学医学部付属病院 循環器内科 講師 伊地知先生より資料提供

入院にちゅうちょされる方もいますが、「天災についてはニュースなどで知識を蓄えて備えているのに、心不全について予防法をご存じないのはもったいない」という話をすると、お受けいただけることがあります。

心不全教育入院は、3泊4日のプログラムになっています(図2)。まず入院前に、心エコー検査や心電図測定、心肺運動負荷試験(CPX)を実施します。

図2 心不全教育入院のプログラム

図2 心不全教育入院のプログラム

※東海大学医学部付属病院 循環器内科 講師 伊地知先生より資料提供

プログラム1日目には、昨今注目されている心不全のサルコペニアやフレイルの評価指標も組み込みつつ、心臓リハビリテーションを行います。患者さんはご家族と一緒に来院することが多いため、薬剤指導や栄養指導を1日目に組み込むことで、ご家族にも一緒に受けていただくことが可能です。

2日目もさらに指導は続き、心臓の解剖生理や心不全とは何かの説明を、看護師がテキストを用いて約1時間行います。その後、CPXの結果に基づき適切な運動方法を指導します。私が指導することがほとんどですが、最近では「私もやってみたい」と共感し、参加してくれる医師が徐々に増えてきています。さらに、なぜ心不全のマーカーが高いのか、BNPが上昇する疾患に関して約1時間説明をします。この時間に私は、今後持っていただきたい目標について聞くようにしています。例えば、10年後にお孫さんが20歳、ご自身は90歳を迎えるという患者さんと「ではお孫さんの成人式まで頑張ってみようじゃないですか」と話し意気投合したことがありました。このようにこちらからお話しするだけでなく、外来診療時には聞くことができなかった患者さんの社会的背景や人生観なども伺うことができるので、時間はあっという間に過ぎてしまいます。

3日目は、心臓リハビリテーションとレジスタンストレーニングを行います。筋肉をつけることの重要性を、心臓リハビリテーションを行いながら指導します。看護師から日常生活についての指導を行った後、最後に総括として、教育入院後の目標や日常生活で気をつけることを、患者さんご自身から具体的に全てお話ししてもらいます。ここはとても重要なポイントだと思います。

プログラム最終日の4日目は、心臓リハビリテーションを実施し、退院という流れとなります。

Q

心不全教育入院のメリットにはどのようなことがありますか?

A

患者さんの反響は良好で、「知らなかったことを知れてよかった」と喜んでいただけたのがうれしかったですね。教育入院を行うと、「今まで自分が心不全だと思っていなかった」という方も少なからずいらっしゃいます。長年外来で診療をしていても病識をしっかり持ってもらうのはなかなか難しいものです。

心不全治療食を3泊4日で経験できる点もメリットのひとつです。外来ではテキストを用いた栄養指導になりますので、「教育入院で心不全治療食を実際に食べてやっとイメージができました」という患者さんもいます。また、心臓リハビリテーションを通してほかの患者さんの様子を見たり話を聞いたりすることで、“私はこうしよう”という自覚が芽生えたという感想もいただきました。

さらに、教育入院プログラムの実施はコメディカルにとってもよい機会になると思っています。自身が勉強していないと患者さんへの指導は難しいため、導入時にはその意図をあえてスタッフへ伝えました。プログラムの意義や効果を徐々に理解するにつれて、多職種がお互いに話し合い、積極的に連携を図り始めるようになりました。

心不全教育入院は、このように患者さんはもちろん、コメディカル、医師、病院、おそらく全員がwin-winになるプログラムであると考えます。効果についてはまだ正確なデータを出せる段階にいたっていませんが、少なくとも“患者さんがご自身の心臓について知っている”こと自体が予防へつながるという点は、一緒に携わっているコメディカルや他スタッフ、医師が持つ共通認識です。今後は、この活動を徐々に広め、エビデンスも蓄積していきたいと考えています。

 
Q

地域で心不全予防を目指す上での活動や課題について教えてください。

A

当院では教育入院プログラムに加え、病棟に心不全チームを新たに発足しました。当院の循環器内科は、今まではカテーテルや弁膜症治療、不整脈治療で知られていましたが、これからは心不全治療も積極的に行っていくことをアピールし、地域の医院や基幹病院との連携を推進することを目指しています。地域から紹介があった場合には、その患者さんが心不全教育入院の対象なのか、または狭心症、不整脈、弁膜症など、その裏に潜んでいる病気に対して介入可能かなど、十分にスクリーニングを行っていきます。

地域連携のツールとして患者さんに体調を記録していただくノートの導入を連携先の病院とともに検討しているほか、心不全予防の取り組みを知っていただく広報活動にも注力しています。地域の開業医の先生方をはじめ、インフォーマルサポートをされているご家族や、そのサポートを受けた患者さんからも口コミで伝えていただいています。いずれは市民講座のような形でも展開していけたらと思っています。

課題としては、心臓リハビリテーションの外来での継続が挙げられます。当院の場合、開心術後の患者さんはおおむね継続されているのですが、心不全患者さんは1回状態が悪くなっても改善するという背景からか、継続率が低い傾向がみられます。また、遠方や高齢のために通所が困難な場合もあります。近隣地域においても、ハード面・ソフト面の現状から、通所の外来心臓リハビリテーションを実施されていない施設は多数あります。物理的距離の問題の解決策として、地域の基幹病院や通所リハビリテーションを実施している施設とネットワークを組み、約2~3ヵ月間隔の外来受診は当院で、普段の心臓リハビリテーションは、情報提供・共有を図りつつ地域の施設へお願いするという枠組みができないかと考えています。

Q

これから心不全教育入院や地域での心不全予防に取り組みたいと考えている方々へ、メッセージをお願いいたします。

A

これからはコメディカルの方たちが、イニシアチブをとりながら患者さんに介入をしていくことが大切だと考えます。これまでは、医師がまず先頭に立ち、患者さんを通してチーム連携する形が多かったかと思いますが、今後は各医療専門職の力を生かした多職種の介入が求められています。

心不全教育入院では、「この患者さんにこういう介入をしたらもっと心不全を予防できるかもしれない」と思っていたことを実際に導入してみることができます。実践することによって、患者さんの課題とともに、医療者としての疑問も解決に導くことができると期待しています。

 

1)日本心臓リハビリテーション学会ホームページ 心臓リハビリテーション指導士制度
 https://www.jacr.jp/web/jacrreha/system/
2)日本循環器学会ほか 急性冠症候群ガイドライン(2018年改訂版)
3)日本脳卒中学会・日本循環器学会 脳卒中と循環器病克服第二次5ヵ年計画(2021)
4)厚生労働省 「循環器病対策推進基本計画」について
 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_14459.html
5)日本循環器学会 / 日本心不全学会合同ガイドライン 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)

※本記事に掲載している情報や所属、役職等は取材時点のものです。

取材日:2021年4月23日

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