地域医療連携の必要性が強く求められるなか、広島市民病院薬剤部では2010年から薬薬連携の構築に取り組んできました。疑義照会の窓口を薬剤部に開設するだけでなく、患者情報の開示や院外処方箋への検査値印字を行うなど、早い時期から薬薬連携を進めるためにさまざまな施策を講じてきました。
2019年には保険薬局からの相談に応じる「薬の相談窓口(PCCP)」を開設。同年、広島県統一のトレーシングレポートの運用と、その普及を後押しするフォローアップ依頼書を導入するなど、ユニークなアイデアを取り入れながら連携の強化に努めています。
広島市民病院が進めてきた薬薬連携の経緯
- 2010年
- 疑義照会窓口を開設
- 2014年
- 病院と薬局の薬剤師間の「情報提供書(薬剤情報提供書)」の運用開始
- 2015年
- 保険薬局への患者情報の開示
- 2017年
- 調剤過誤報告書の運用開始
- 2018年
- 院外処方箋への検査値印字を開始
- 2019年春
- 薬の相談窓口(PCCP)開設
- 2019年秋
- 広島県統一のトレーシングレポートの運用開始
- 2019年秋
- フォローアップ依頼書の運用開始
今回は広島市民病院が中心となって進められている薬薬連携について関係者にお集まりいただき、現状や課題、今後の展望などを語っていただきました。
広島市民病院独自の取り組みであるPCCPの開設で、
問い合わせへのハードルを下げる
―PCCP導入後の保険薬局の変化と活用状況―
開先生(広島市民病院 薬剤主任部長※)薬の相談窓口(以下、PCCP)は、保険薬局の薬剤師が処方された薬剤についての疑問を持ったときや処方意図がわからない場合などに問い合わせができる窓口として開設しました。疑義照会とは異なり緊急を要するものではなく、薬剤部で受けることで問い合わせのハードルを下げているのが特徴です。
吉川先生(広島市民病院 薬剤副部長※)私を含め2名の薬剤師が窓口として対応しており、「用法・用量」「処方意図」「適応症」などの相談を受けることが多く、私たちで回答できるものは即日回答します。処方意図や適応症などについては医師に確認したあとに回答するため少し時間を要しますが、その場合でも2~3日以内には返答するようにしています。
※所属・役職等は取材当時のものです。
木原先生(株式会社ホロン すずらん薬局 ⼤⼿町店 薬局⻑)PCCPが開設されて、今までは聞けなかった疑問を聞けるようになりました。処方意図が明確になることで患者さんにも自信を持って服薬指導を行うことができます。他の医療機関ではまだ聞きにくい状況もありますが、薬剤部に問い合わせをしてみるなど行動の変化も出てきました。
佐島先生(マイライフ株式会社 オール薬局 エリアマネージャー)実際に薬薬連携のツールを活用して迷うのは、PCCPと患者情報開示です。PCCPで確認しようとしても個人情報が必要になることがあるため、オール薬局では基本的に患者さんの同意を必ず得てからPCCPを活用するようにしています。小児の患者さんで、0.1㎎減量になった薬剤についての効果を母親から尋ねられたことがあり、PCCPに確認をとると、最終的には患者情報開示で回答をいただいたというケースがありました。
薬薬連携の活性化を目的として、
広島県統一のトレーシングレポートを導入
―トレーシングレポート導入の背景や現状について―
開先生広島県病院薬剤師会では医療連携支援検討委員会が作られ、広島県薬剤師会と協議を重ね薬薬連携の活性化を図ることを目的に県内で統一したトレーシングレポートを作成しました。トレーシングレポートは、緊急性は低いけれど処方医への報告が必要な場合に送るツールで、2020年12月時点で、県内28の医療機関が参加しています。統一された様式は、保険薬局側に負担をかけないよう報告内容欄にはチェック項目が設けられ、病院側に情報提供を求めたい病名や検査値などもレ点を付けるだけで確認することができるといった工夫がされています。
木原先生これまでトレーシングレポートは医師に直接出すものだったのでハードルの高さを感じていましたが、薬剤部を通すことで活用しやすくなりました。患者さんにとっても薬局に伝えれば病院にも伝わるという流れができたことで安心感につながるのではないかと思います。
開先生県統一のトレーシングレポート導入の背景には、患者さんをはじめ市民の皆さんから薬剤師が認めてもらうためには、前面に立っている保険薬局の薬剤師が評価されなければいけないという強い思いもありました。また、保険薬局の薬剤師が、病院側で何がなされているかわからない、本当に患者さんのために使われているのだろうかと疑問を持たれると、トレーシングレポートも返信しづらいと思います。どの病院も、どの薬局も同じような対応を行うためには書きやすい内容にする必要がありますので、統一することが重要だと考えました。
佐島先生統一されたことで、病院によって使い分ける必要はなくなり、間違いなく使いやすくなりましたが、対応可能な施設は限られているのが現状です。
開先生その点については、県の病院薬剤師会に対しても強く働きかけていますが、なかなか踏み切れない薬剤部もあるようです。ただ、昨年医薬品医療機器等法(薬機法)が改正され、月30件のトレーシングレポート提出の指示が国から出ているので、今後は活発になってくるのではないかと期待しています。
吉川先生トレーシングレポートは、すべての薬剤師が取り組まなければなりませんが、全国的にも進んでいない状況です。その背景には、何を書けばいいのかわからないとか、読んでもらえているのかといった保険薬局側の疑念などもあるのではないかと思います。その部分については、互いに理解し合えるような取り組みが必要だと思っています。
佐島先生当薬局が広島市民病院を始め広域医療機関へのトレーシングレポートに取り組んだのは3ヵ月程前からですが、当初は全く進みませんでした。その背景にあったのは「こんなことを書いてもいいのか」という戸惑いでした。私たちは患者さんとの会話も多く、そこから得られる情報も多いのですが、それが病院にフィードバックされることはほとんどないのが実状です。最終的には患者さんの利益につながることが必要ですので、まずはとにかく書いていこうということで進めています。
開先生トレーシングレポートは、どんなことを書いてもらっても構いません。まずは書くことから始めて、少しずつレベルアップしながら情報共有できればと考えています。最近はオール薬局さんとトレーシングレポートの内容で率直な意見を交わすことができるようになりました。
佐島先生病院に依頼した内容の目的が伝わらなかったことがあり、病院側から指摘を受けたことがありました。患者さんから得た情報を書いておけば、真意は明白だったのですが、それが記載されていなかったからです。
吉川先生ささいな情報であっても患者さんにとって有益になるかという観点でトレーシングレポートを書いていただければと思います。
開先生こうしたやりとりができる関係性が生まれたことが重要で、病院と保険薬局がいかに関係を構築できるかが、今後の薬剤師間の連携強化を左右するのではないかと思っています。
すずらん薬局
広島市内を中心に展開。大手町店では月に100以上の医療機関から処方箋を応需している。薬薬連携への参加は広島市民病院に疑義照会窓口が開設された時から開始、広島県統一のトレーシングレポート導入以降はレポート形式での取り組みも開始。
オール薬局
広島県、岡山県、島根県で全40店舗を展開。広島市民病院からの処方が多いのは安佐南区の店舗で、毎月100以上の医療機関から処方箋を応需している。連携に参加したのは2017年に佐島先生が広島市民病院を訪問したのがきっかけで、それ以降県内全店で連携に取り組んでいる。
フォローアップ依頼書の導入がトレーシングレポートの普及を後押し
―情報共有ツールとしてのフォローアップ依頼書への期待―
開先生連携は、病院側から一方的に働きかけても保険薬局側が応じてくれなければうまくは進みません。保険薬局がスムーズにリアクションできるよう導入したのがフォローアップ依頼書です。患者個々が持つ問題点やフォローしてほしいことを伝えることで情報共有が深まり、保険薬局側からのトレーシングレポートの返信が増えることが期待できます。
吉川先生フォローアップ依頼書は、「薬剤師外来」「入院支援室」「病棟」で作成されます。「薬剤師外来」では経口抗がん剤を用いた治療を始める患者さんなどで、初回指導を行う際に抗がん剤を使用する理由や薬剤選択の背景、フォロー内容などを記載します。「入院支援室」では入院する前に術前の中止薬がある場合など、「病棟」では退院した後のフォロー依頼をする際に作成します。フォローアップ依頼書には、服薬指導時のフォロー内容などが具体的に記されており、保険薬局には患者さんに預けてご本人から直接渡してもらいます。
木原先生これまでは患者さんから得た情報のみで判断していましたが、フォローアップ依頼書導入以降は薬局で渡す薬剤以外の処方薬も把握できるので、幅広い副作用確認ができるようになりました。フォローアップ依頼書は5店舗で10通届き、全てのケースに対してトレーシングレポートを返信しました。
佐島先生フォローアップ依頼書で病院が何を望んでいるのかが明確に理解できるようになりトレーシングレポートの送付が容易になりました。情報が豊富にあればトレーシングレポートの質も上がり患者さんの安全な薬物治療に貢献できると思います。それには患者情報開示も非常に役立っています。印象に残っているケースが2つあります。ひとつ目は、近隣の整形外科のクリニックで腎障害を合併している人には慎重投与が求められる薬剤を処方された患者さんのケースです。広島市民病院で投与されている薬剤を見ると腎障害が疑われたため、検査値を開示していただきクレアチニンクリアランスを計算して整形外科に提示したところ処方変更となりました。ふたつ目はがんの患者さんで、使用している注射剤が分からなかった際、情報を開示して頂き処方内容が把握できました。血圧チェックが必要な薬剤であり、確認した血圧をトレーシングレポートで報告すると、次の処方で降圧剤が追加されており、連携による情報共有を実感することができました。
病院と保険薬局の連携強化で薬薬連携のさらなる発展を目指す
―薬薬連携の課題や今後の展望について―
開先生本日の座談会で嬉しかったのは、保険薬局側からの能動的なアクションがみられるようになったことです。これはお互いに情報を共有する芽が出てきたということだと思います。薬剤師が患者さんに評価されるためには、保険薬局の薬剤師の活躍なくしてあり得ません。病院が一方的に押しつけるのではなく、保険薬局側から求められるものを提供できる体制を構築していくことが重要だと思っています。
吉川先生トレーシングレポートにしてもフォローアップ依頼書にしても、作成するに際して負担がかかる部分については改善が必要だと考えています。少しずつ改良を重ね、簡便なものに変えていきたいと思っています。
木原先生患者さんの中には複数箇所で薬をもらっている方がいます。せっかく薬薬連携をしていても、患者さんがその日の気分で薬局を変えていたら、連携の意味がありません。まずは患者さんから「かかりつけ」と思ってもらえる薬局になることが連携を行う上で必要なことだと感じています。
佐島先生トレーシングレポートについて、フォローアップ依頼書を活用した場合としなかった場合の違いについて共同研究ができないかと考えています。薬剤師が行っていることの意義を何らかの形で表現できればと思っています
吉川先生オール薬局さん、すずらん薬局さん、その他ご賛同いただける保険薬局の方と一緒に研究に取り組んで、広島からエビデンスを発信していけたらと思います。
開先生同研究は病院側としてもお願いしたいところです。最近ではオール薬局さんとも症例検討を行っています。連携が進めばいろんな薬薬連携のあり方も出てくると思います、そうした取り組みを形として残していくことは必要だと思います。
広島市民病院
薬剤部 薬剤主任部長
開 浩一 先生
広島市民病院
薬剤部 薬剤副部長
吉川 明良 先生
株式会社ホロン
すずらん薬局 大手町店 薬局長
木原 春日 先生
マイライフ株式会社
オール薬局 エリアマネージャー
医療情報管理部 部長
佐島 進 先生
※本記事に掲載している情報や所属、役職等は取材時点のものです。
取材日:2021年1月28日
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