監修 国民健康保険 小松市民病院
内科 診療部長 又野 豊 先生/ 薬剤科 主査 桂 英之 先生
本記事内容に関するお問い合わせ先:
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小松市民病院は石川県南加賀(地区) で340床を有する地域医療の要となる中核病院で、がん診療に関しても、地域がん診療連携拠点病院として多職種連携による高品質な医療サービスを提供しています。一方、昨今のがん領域において、進行期のがん患者さんに多く合併するがん悪液質への対応が、治療継続のためにも重要な課題となっています。今回は、薬剤師が栄養状態についてモニタリングをすることで、多職種連携により栄養不良状態を呈するがん患者さんの拾い上げからがん悪液質への対策へつなげる取り組みについてご紹介いただきました。
※当記事は、特定の事柄をアドバイスしたり推奨したりすることを目的としておらず、閲覧者が当記事の記載事項を意思決定や行動の根拠にしたとしても、小野薬品は一切の責任を負いません。
記事内容
1.がん患者さんに悪影響をおよぼす、がん悪液質に対する薬剤師の取り組み
がん悪液質は、「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無にかかわらず)を特徴とする多因子性の症候群」1)と定義され 、癌の進行に伴い出現する体重・筋肉量減少や食欲不振などを特徴とし、抗がん剤による治療効果の減弱や副作用による治療中断を増加させ、更には生命予後にも悪影響をおよぼします。そのため、がん悪液質であることが判明したら、できるだけ早い段階から積極的に対処しておく必要があります。
昨今、医療薬学の領域では「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進」にむけ、医師・薬剤師などにより事前に作成・合意されたプロトコールに基づく薬物治療管理(Protocol Based Pharmacotherapy Management(PBPM))の取り組みが活発になっております。2)他施設でPBPMが実施されている事例を知ったことをきっかけに、当院でも薬剤師によるがん悪液質への介入の仕組み作りができるのではないかと模索を始めました。
まず、がん患者さんの栄養状態に対する診療を推進していくためには、がん悪液質を見逃さず早期から治療介入することが重要であり、また 多職種が連携したチーム医療で対応することが不可欠であると考えました1)。
そこで、進行・再発がん患者さんの1次治療の注射抗がん剤開始時に、薬剤師ががん悪液質の基準の1つである「過去6か月間で5%体重が減少した際の目安の体重」についての情報提供を医師に行い、がん悪液質の可能性を提示します。そして、がん悪液質が確定した栄養不良状態の患者さんに対しては、がん悪液質対策として、病院の承認を受けたプロトコールによる多職種が連携するPBPMを実施するという仕組みを作り、運用することとしました(図1)。

2.薬剤師が行う栄養介入の実際
― 治療開始時からの体重確認 ―
初回に注射抗がん剤による治療を始める時点から、医師、看護師、薬剤師らによる介入が始まります(図2)。医師は、初回の抗がん剤投与前に患者さんの状態を確認しながら診療し(図2-A①)、外来化学療法室では看護師が毎回体重を測定して記録します(図2-A②)。6か月以内の5%以上の体重減少ががん悪液質を確認するポイントの1つですが3)、実際に医師が細かく体重を計算することは難しいため、薬剤師がEPCRC・Evansのがん悪液質基準を参考に、モニタリングしやすい体重をきっかけとして確認し、この患者さんの体重が具体的に何kgになるとがん悪液質の条件に当てはまるのか、電子カルテの付箋機能を使って医師に伝達します(図2-A③)。このように、多職種でがん悪液質を見逃さない体制を整えて実施しています。
― 条件を満たした患者さんへの薬剤師による栄養介入 ―
がん悪液質が確定※3)した栄養状態不良の患者さんに対し医師の診察前に薬剤師が治療介入を実施します。
まず対象の患者さんが来院すると看護師が体重を測定して記録します。(図2-B①)
次に薬剤師が、患者さんに専用の「患者説明用紙」を用いてがん悪液質対策、栄養指導、栄養補助食品の説明および介入希望の有無などを確認します。薬剤師は、介入を希望する患者さんに対して「患者さんの希望確認用紙」を診察時に医師に渡すように説明します。その後、薬剤師は、電子カルテへの「代行入力」により、がん悪液質治療を医師に提案し、更に栄養指導と栄養補助食品(蛋白質とカロリーを補充)を追加することを追記します(図2-B②)。医師は「患者さんの希望確認用紙」と「代行入力」の内容を確認した上で、がん悪液質治療、栄養指導、栄養補助食品を処方し(図2-B③)、患者さんは外来化学療法室で抗がん剤治療を受けます(図2-B④)。投薬中または次回の来院日に、栄養士による栄養指導も開始されます(図2-B⑤)。このように、当院では薬剤師による栄養状態確認を起点として、多職種が連携し栄養状態の改善を図るというフローを実践しています。

3.現在の課題と今後の方向性
がん悪液質を見逃さないためには体重の変化を確認することがポイントですが、体重が減少してからではなく、がん治療開始時から体重変化の確認を始めておくことが重要ではないかと考えています。
抗がん剤の投与量を決定する際には、患者さんの体重は必ず測定されます。その測定値を基準として、薬剤師が体重変化を注視することで、がん悪液質を見逃さず対応できるのではないかと考えています。多職種の業務負担を少なくしつつ、効率的にがん悪液質を見つけ出し、適切に治療介入を行うことで患者さんの治療満足度も高められると期待しています。
医師は体重減少の原因が、がん悪液質による食欲不振なのか、抗癌剤の副作用に伴う食欲不振なのかなど、複雑な鑑別を行う必要があります。そのような時に、5%以上体重が減少した患者さんを多職種がピックアップできれば、医師にとっても限られた診療時間を有効活用することに繋がるのと同時に、食欲不振に気が付いていない患者さんに対して早期からの治療介入の可能性を広げることにもなると捉えています。そして、治療介入の際には、今後の疾患進行予測なども含めた患者さんへの丁寧な説明も重要になります。
一方で、医師の側としても、電子カルテの付箋機能を用いて提案されることで、電子カルテの展開時に抗がん剤治療中の患者さんの体重減少にいち早く気付くことができますし、また、抗がん剤治療中につい見落としがちとなる「がん悪液質」という病態に対する意識付けにもなり、非常に有効な取り組みと感じております。
このように、薬剤師から積極的に多職種へと患者さんの栄養状態について対話を持ちかけることで情報の相互補完を行い、化学療法を受けている栄養状態不良のすべての患者さんが、安心して治療を継続できる医療の実現に貢献したいと考えています。
References
- 1) 日本がんサポーティブケア学会ほか 監: がん悪液質ハンドブック 「がん悪液質:機序と治療の進歩」を臨床に役立てるために, 2019.
- 2) 一般社団法人 日本医療薬学会 プロトコールに基づく薬物治療管理(PBPM)導入マニュアル Ver.1
https://www.jsphcs.jp/document/20160613-2/ - 3) Fearon K, et al. Lancet Oncol. 2011; 12(5): 489-495.
2025年4月作成